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LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

暴力性のある人とその援助(1)

易怒性と言って、要するに短気である/キレやすい性質というのがある。

まぁ、どういう発達過程でそうした性格が獲得されるのかは分からないが、一つには防衛機制というのが挙げられるだろう。防衛機制というのは、ある状況を回避する手段として、取られ得る行動のことである。例えば、ストレスを感じた際にどういう行動を取るか→

1 寝る

2 運動する

3 八つ当たりする

4 逃走する

とか、で1を選ぶと、次にストレスを感じたときにも1を選び易くなる。こういう風に、行動は選択される度に強化される。例えば、噛み犬なんかは、自分の嫌なことをされた時に相手を噛むことで場面を回避できたという体験を繰り返した結果、嫌なことがある→攻撃するという反応が強化される。

そんな次第で人間もキレればどうにかなると学習した結果、そういう性格が形成されると一つには考えられる。暴力的な人の多くは自分の嫌なことを回避するために暴力を解決の手段として用いる。上手くいけばそれが成功体験になり、その場面をクリアするための適当な手段として正当化されてしまう。

問題なのは、常に同じ手段で解決しようとすることである。最早、脊髄反射である。例えばの話、時代遅れになって廃れた習慣であっても、そのことに適応せずに、その時代遅れの習慣を繰り返そうとするとか。余談だが、大体、腐敗する組織の原因はこの辺にある気がする。

これが暴力という手段であれば、何でもかんでも暴力で解決しようとして、それ以外の手段を模索してみようという話にならないのである。この手段で解決できるのに何で他の手段を使わなければならないんだ!バカバカしい!というような抵抗感をやむを得ない。成功体験を積み上げると、その行為が適当で無くても、その行為に執着したりするのだろう。

まぁ、大体そんな感じである。