LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

グロク(3)

なぜグロクが必要になるのか、と言うと、自分の社会と異なる他文化を受け入れるには、相手への真の同情が理解が欠かせないだろうからである。厄介な相手・共存できない相手は避ければ良いが、避けることに限界があれば衝突する。衝突しないで互いに尊重し合うためには相手への共感が必要となる。

日本人はアイヌ文化を破壊してしまったし、アメリカはインディアンを殺戮した。破壊し尽くした後に相手をリスペクトしても、それは剥製(残滓)でしかない。何れにせよ、アイヌは同化されたと思うが、当時、文化に対する思いやりがあったなら、その伝承のされ方というのは、今より形は変わっただろう。

日本人は、自分の立場から、無理矢理反発するもの同士を力任せにくっ付けようとする。それは結局はどちらかが壊れてしまうやり方である。そういうのは結局は、くっ付くものしかくっつかないのである。下位のものが上位のものに謙譲することでくっ付く文化である。

異文化という対等な相手には、これは適用できないのである。適用しようとした結果、アイヌのようなことになる。あるいは、インディアンのようになるのである。そんな野蛮な文化は認められないのだというわけだ。自分のやり方が気に入らないのなら腹を切れ。仕方あるまい、と。自分の言うことが聞けないなら仕方ないという理屈である。今でも日本の根本的な部分はそういう理屈だと思う。国民一人一人の深層心理にはそういう感情が沈んでいることだろう。仕方ない・・・私とあなたとはご縁が無かったようですね、と。

そのご縁の余地を広げるには、上位の側が相手を良く知ろうと努める必要があるよね・・という話である。なんでそんなことしなきゃいけないの?と言うのが感想だろう。

ここに抵抗があって、先へ進むことに反発する。