LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

救いをこの手に 感想

小説家になろうの小説

最後のアマリア戦が冗長な以外は面白かった。苦戦する様を描きたかったのだろうけれど伝わってこない。「感情論じゃ身体は動きませんよ」みたいな話を何度もしているのに感情論で動いてるじゃないですか…という。もうダメ・もう無理・もう動けない→でもクリアできちゃうみたいな。アマリア戦ではそれが顕著で食傷になっちゃうんだよなぁ。そこが残念だった。

激成スキルを使って勝っちゃっても僕は別に良かったと思うけどね。1か月くらい待って狙撃みたいな…(笑)激成スキルってのは溜めれば溜めるだけ威力が上がる攻撃技。FF11のモンクの「ためる」が近い気がする。限界まで「ためる」→「気孔弾(?)」という感じでやってた気がする。

詰まらなかったのは「アマリアに実体が無いから」というのも問題だったのだろうけどね。霞を斬ってるようなもんだから。

一人称と三人称など視点の使い方を意識して書いているのは良かったと思う。トーゴの精神体が無くて徐々に狂っていく様子とか。最初の頃は変人だなーと思いながら読者は読んでる訳だけど。「書けないもどかしさがあった」と作者は述べてるけど、それが面白さに繋がってると思う。よく伏線は回収しなければダメとかいうけど知り得ないことがあっても良いと思うけどね。無理して回収しようとするとソードマスターヤマトみたいになるだろうなという(笑)

ちゃんと設定作って書いてるから読んでて面白いんですよね。ちゃんと最初と最後で繋がってくるから。設定厨って人がいるけど羨ましく思ったりする。ブリーチとか噂を聞くけど「終わりたい」って言っても、会社の都合で展開を長くさせられたりするらしいし。ドラゴンボールとかもそうだと思うけど。そうなると全体としてスッキリしない。正方形が延々と長い長方形にさせられる感じで…。「スラムダンク」なんかは逆にそこで終わっちゃうの?って感じだけどあれは終わり方として綺麗で僕は好きかなと思う。

「サモナーさんが行く」なんかは特に延々続いていく話なので、僕は投げてしまった。バトルジャンキーでもそこまで一つのことに走り続けられないでしょ、という気がするんですよね。一方で「まのわ」なんかは面白く読んでるんだけど、あくまでも単なるバトル主体になってないからなんだろうと思う。バトル系は描くには漫画の方が優れてるというのもあるけど、どうしても単調になるというかね…。要するに「強いから勝つ」みたいなことを繰り返すだけ…というか。そういう世界観だと苦戦している描写は皮肉なんで嫌味になる。それこそ「ブリーチ」じゃないけど(笑)ジョジョみたいに駆け引きの巧みさを書ける書き手はあまりいないと思う。結局、使い方じゃなくて「強いか弱いかなんでしょ?」って見えちゃうものが多いというか…。

アマリア戦は特にそれが顕著だった。「アマリアはとにかく強い」「とにかく強いけどやらなきゃダメだから倒す」この二つだけ。RPGの弱点が無いボスみたいな話で面白味が無いんですよね。状態異常も能力低下も弱点属性も効かないし。それって戦略の幅を狭めて「攻撃に耐えて、攻撃を加える」ということを相手の体力が尽きるまでエンドレスでやるだけの作業になってしまうので、それを傍から眺めてるってのは暇ですよね。僕としては状態異常系を活躍させたい。毒無双でも良いじゃないか、と。毒を加えて耐えてるだけで、何が悪いのかと思う訳ですよ…。

実際、僕的には色んな人が「うりゃー」とか「おりゃー」とか言ってるだけに見えたし…(苦笑)「みんな傷を負っているが何とか生きています!」って、その辺で胡散臭いな…みたいな。

なのでアマリア戦は略しちゃった方(スルー)が僕としては評価高くなります。