LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

色々と諦めた方が良いと思う

私的な意見なので注意してください。いつものことですが。

発達障害者は会話を諦めた方が良い。特に相手の話を聴きとる能力に難がある。自分の話した内容も同様なので過去に訴求すると意味が分からなくなったりする。一種の聴覚障害のようなものとも捉えられる。恐らく手話は難しい。即興的な応答が難しい。以前から言っているが筆記が無難。だが、耳が聴こえない訳では無いから周囲に理解され難いだろう。会話が出来ないから殆どのコミュニケーションの場から排除されがちである。自分のせい社会的排除を受ける訳だが、社会的排除を受けて精神的に害を受けないということは考え難い。自尊心が欠如したり、鬱病になったりなどしやすいだろう。

また、自己管理能力に難がある。過集中が良い例である。そのため社会能力に劣ることが多い。本人は自覚が無い場合、少し変わっているとか出来が悪いくらいに思っている。周りも同様である。本来支援が必要なレベルにあると思われるが、そうした事情があって支援が行き届きにくい。自己管理は社会人の基本だと言われて風邪引きが非難されたりしたことがあるが発達障害者は恐らく自己管理能力に劣る。

youtubeに、老人が拾ってきた犬がどう見てもタヌキっぽい、というのがあったが、それに似ている。言い方が悪くなるが自分が周りと同じ人間だと思わない方が良い。左利きの人間と右利きの人間が異なる人間であるように…と言えばフォローできるだろうか?左利きの人間には左利き用の道具が必要である。でなければ、不利を強いられる。

そういうレベルの話である。精神障害は広い意味で身体障害だと言える。

ある著書では発達障害者と健常者が歩み寄らなければならないとされているが、歩み寄りの程度がイコールで、発達障害者に過剰に努力を強いようとする書き方に思えることが多い。実際は他の身体障碍者と健常者との関係と同じであり、基本的に発達障害が障害であり劣っている面を理解して貰わねばならないのだ、という意味でどうしても健常者側の配慮が求められるというべきである。

妊婦や老人、身体障碍者の専用席が列車にはあるが、要するに自分もあの範疇にいると思った方が良いと思う。その上で立っていたいなら立っていれば良いと思うし。

発達障害は個性であって、障害ではありません」という人は、ダウン症知的障害、果ては他の身体障害を負った人にも同じことを言えば良い。