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LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

余命六ヶ月延長してもらったから、ここからは私の時間です のレビュー

余命六ヶ月延長してもらったから、ここからは私の時間です という、小説家になろうの小説の感想。

最後のシラタマのサービスシーン(?)は良いなぁ、と思った。きっちり死んで終わらせるという点もご都合主義に落ちなくて良かったと思う。自然な文脈に沿ってる気がする。奇跡は奇跡なんだけど、その有限さが際立つ気がする。

現実は一生懸命頑張って生きたからといって報われるとは限らない訳で、そういう意味では多少ご都合主義なんだけど。

イキガミ』なんかの限られた時間を「一生懸命生きた時にその人間の本質が問われる系」を思い出す。刹那的に頑張って生きるってのが流行った時期があったんだけど、個人的にはそれってテスト前の徹夜だよね…って感じがしてしまったり。

6か月という時間は重要な人間関係を築かせるには、私の時間認識的には、あまりにも短すぎる気がした。心実や樹虎との関係が6か月にしては(私からすれば)深すぎてしまう訳で。梅太郎さんとの関係が一番しっくりくるという…(´・ω・`)

一般的には刹那的に生きることはお勧めできない。短距離走と持久走の違いである。人生は概ね持久走なので、ペース配分を考えないと走り切れないと思う。

まぁ、学生時代の友人の死は下手すると一生心に残るかもしれないなぁ…と思ったり。

けど「誰かの心の中で死んでからも生き続けるんだよ」って話は好きじゃないんですよね。私は考えるに嫌だし。気持ち悪いから…。何か人知れずオカズにされてるみたいな感じがする。

私は死んでも大丈夫、無意味じゃなかったみたいにしたいんだろうけど。私は割と「死んだらそれでお終い」って考え方なので。個人としては特に。だから、他人目線の後日譚とかも無粋かなと思う。死者を偲ぶのはあくまで生きている人側にとってのメリットがあってやってることだと思う。基本的に死んだ俳優が再ブレイクする現象みたいな感じだろう。

だから、三葉が三途の川(?)を渡って綺麗に終わって良かったんじゃないかなーと思うかな。