LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

ダウン症について

ダウン症児は中絶した方が良いと私は思っている。とは以前書いた気がする。まぁ、発達障害出生前診断が出来るなら中絶した方が良いと思っている。それは優生学云々の問題ではなく産まれて来た当人が苦しむからである。ダウン症児の多くが青年期に鬱病を患うとwikiにはあるが原因の詳細は分からない。人生が不幸でしかないのなら生まれて来る意味など無い。そこに意味や価値を見出すとするなら、個人の幸不幸よりは群衆的な、社会的な意味合いになるだろう。

「社会のために死ね」と言われて容易に頷く者はそういないだろう。障害者が「それでも」前向きに生きようとするのは、そう産まれて来てしまった以上仕方が無いからである。「そう生まれないで済んだなら、それに越したことは無かった」と私なら思うが、他者はどうだろうか。

鬱の要因は私が思うところとは別の部分にあるのかもしれない。私には社会的不適応が原因のように思える。発達障害者もそうだが「他人とどうあってもコミュニケーション出来ない、対等であれない、社会から排除されてしまう」そういう生来の避け難い性質が自ずから導く結果のように思える。

精神遅滞等の問題が手話などのツールによるコミュニケーションの可能性を困難にしている。言い方は酷いが犬猫のように扱わざるを得ないのかもしれない。要は、非言語的なコミュニケーションにより精神的な充足を図る方法を模索するということだが。まぁ、私も例外では無い。発達障害者の中には他人と抱き合うことで充足を得ると訴える人もいる。

ただ勿論、障害者はバリアフリーを薦める契機になるので捨てたものでは無いというのもまた事実だと思うが…。

例えば、神の試練だのGiftedと言う言葉自体が、レッテルであり、その人が異質であると知らしめている。そう言われること自体がきっと彼らを苦しめるだろう。そう子供を呼ぶ親は暗に「自分が可哀想」だと言っているように見受けられる。子供以前にそんな子供を持つ自分は可哀想でしょう?と言っているように思える。これは「引きこもり」の家族も同じ傾向が見られる気がする。当事者ではなく、そんな子供を抱えることになった「私」が可哀想でしょうと示すのである。そういう人はやはり自分のことばかり考えていて、当人のことは考えないように思える。

そういう人は、私は中絶するべきだっただろうと思うし、例えば生まれた時点で安楽死させる等すれば良いと思う。「生かさなければならない」が「正直邪魔である」という本音に挟まれて子供が不幸になるからだ。中絶は殺人のグレーゾーンだと思っている。言葉だけならショッキングではないが、実際は人の形をしたものを「取り除く」具体的な仕事を中絶と呼ぶのだから。中絶可能な期間というのは、いわば合法殺人の猶予期間のようなものだと言っても良い。

だから、一部には中絶を非難する人たちもいるのは分かる(というより宗教的理由によるのかもしれないが)。中絶の解説のイラスト自体が割合ショッキングである。お腹にいる頃は、生後と呼ばれないので「生きている」ことにされていないのだろう。結局、それは言葉のトリックであり言い訳・はぐらかしの類である。けれど、じゃあ中絶に失敗したから産まれた子供が「失敗作」でも、殺したら「犯罪」だから「育てなければならない」のか、という話で、私は出産前と直後(?)は選択出来ても良いように思う。自我が芽生えた後では、この主張は難しい。

ただ、きっと、そうすると「直後が良いなら、その後でもいいではないか」と言い出すんだろうな…などと思ったりもする訳だが。

wikiのイギリスの人の中絶に対する擁護では「ダウン症児を抱えることに個人的・社会的な大きなエネルギーが必要とされる」と言うのだが、さもありなんと思う。豊かな社会でも個人的なエネルギーは特に厳しいものがあるように思える。これは介護の問題でも同様の課題があると思うが…。

生活していかなくちゃいけない人に「障害者の世話を四六時中ちゃんとしろ」というのは無理がある…というような話である。川崎市の事件の母親のことを考えるが、割けるソース(資源)の量は有限で、一人の人間が抱え切れる荷物の量には限りがある。だから一般的にダウン症の面倒を見切れないと思って中絶を選択する人が多いということは私は少なくとも止むを得ないと思う。価値観を優先して現実的な見当を欠き、多くを抱え込まざるを得ない状況を自ら作り出した挙句、一家心中なんて笑えない事件もたまにあるのだから。

ただ…障害を持っていようと無かろうと、子供を持つとか伴侶を持つということは、それ自体荷物を抱えることなのだと考えて欲しいとも思うが。私には昨今は特に荷物を背負わずに結婚できると思い込む人間が多いような気がする…。自分のことしか考えられないのに結婚という集団生活をするべきじゃないと私は思うが…。