LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

人文学部系の淘汰

国立大学から人文学部系を廃止しろみたいな話が出ていた気がするんですが、そういうことをすると、今の韓国みたいに正しい歴史認識が共有されなくなったり、など、国民の判断能力を削るんじゃ無いかと思ったりする。大学を専門学校科する動きも出ているが、競争力という面ばかりを見て、知的薫陶の重要性、広く浅く学ぶということの意義を見失っている。教養を身に付けることは社会を批判的に見る力を多少なり養うことに通じる。そうした教養は国民の批判意識を高めるし、つまりは民主主義の屋台骨みたいなもんだろう、と。

国民が人文学的な学ぶ意欲・意義を喪失するということは、社会に対する批判意識を養う契機を失うということであり、民主主義的な能力の弱体化を招くんじゃないかなぁ、と思ったりする。翻って、国策としてそうさせようとしているということでもある。そういうことをやっているからファシズムだのと言われちゃうんじゃないかね…と思ったり。理系は理系で大切だろうが、そういう専門馬鹿ばかりでは政治に興味持って貰えないんじゃなかろうか…。その方が政権にとっては都合が良いのかもしれないけども。

ただ、そうして文系を弱体化させて研究者が少なくなり、深い歴史認識などを持つ学者もついでに少なくなれば、理路を立てて指摘できる人がいなくなるんで、韓国みたいに反日教育が真と思い込まされたり、そこから抜け出る方法が見つからなくなったりと碌なことにならないような気がする。木を見て森を見ず、というか。

競争力だけを見て文化を見なければ、何れにせよ貧しくなるんじゃないのかな、と適当に思ったことを書いてみたり。

そもそも大学というのは学問探求の場であって、人材育成センターじゃないはずだが…。