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LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

中二病でも恋がしたい 感想

面白いですね。

「異能バトルは日常系の中で」は微妙だったんですが、こちらは、中々…。というか、最初から距離近いなお前ら(´・ω・`)

主人公のダークフレイムマスター(以下DFM)は六花に対する心の距離が初めからめっちゃ近いよ(-.-)幼馴染か!

まぁ、こういう関係も良いなぁと思いますが。フィクショナルな部分は、学内の人間関係が円満な部分ですね。「けいおん!」でもそうだったけど、クラスにグループ化してる感じが無いというか。グループ化の結果としてのピラミッド構造が見られないんですね。

いじめを説明する際に、なんかそういう図があるんですけど(´・ω・`)

あぁ、調べてみたらスクールカーストっていうらしいです。アニメだと面倒臭いので、そういうものを取っ払うんでしょう。取っ払った結果、学園生活が円満に見えるようになっている。

それを見て、私たちの中には「あの頃に戻りたい」という人が出てくる訳ですね。でも、アニメに描かれているのは、蒸留されたユートピアなので記憶通りの「あの頃」なんてものは存在しません。記憶も、まぁ、そのようにして概ね過去を美化するものです。

ちなみに「けいおん!」の卒業時にあずにゃんに送った曲「天使にふれたよ!」が良い曲だなぁと思ったんですが…。劇場版みたら、危うく「子猫にふれたよ」になる可能性があったのだなぁ…と。あずにゃん=子猫。感動が台無しだな…(笑)いや、それは関係無いんですが。あの曲に、

駅のホーム、河原の道、離れてても…

って歌詞があるんですが、自分の学校は徒歩圏で河も無かったな…って人もいるだろうなぁ、と思うにも関わらず、そんなこともあったな…(ぐすん)とか思わされてしまったりする。その記憶捏造されてるからね…。気を付けようね、と思う。

映画評論家の人が言ってたんですが「自分が出来なかった・出来ない経験を擬似体験できることが映画の魅力だ」というんですね。だから「けいおん!」にしろ「Always」にしろ、その郷愁の感情もフィクションとして受け取って楽しむことが大切かな、と思ったりします。

そうして敢えて釘を刺す意味は「そういう現実が存在する」と考えてしまうと、それと自分の「リアル」を比較して、自分は何と報われない人生を過ごしてきたのか、と悲嘆する人が出てくるから。ノスタルジックな作品は特にリアリティを感じさせるので、分別を付きにくくさせます。リア充の中には実際にそんな人生もあるのかもー、とか。その結果、自分の現実との落差に耐え難さを感じるかもしれない。けど演劇なんてものは所詮、一夜の夢を見せてくれるもの、と考えて付き合った方が良いと思うんですよ。「真夏の夜の夢」ですよ。言ってみたかっただけですが。

アイドルが死ぬと後追い自殺するファンが出てきたりと、そういう現象を引き起こすんですが、アイドルも似たようなもんです。偶像って意味なんですから。アイドルが汚されるのが許せない人は虚像と現実の分別を付けなきゃダメですよ…。私からすればAKBのコアなファンが本当に実在するのか、という方が疑わしいです…。

アイドルってのも結局は蒸留されたものだ、と考えた方が良いです。フォトショップみたいなもんで。嫌いですけどね。フォトショ詐欺。