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LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

中二病でも恋がしたい れん 終 感想

森夏さん…あれだなぁ、お見合い写真とか送ってくる、おばさんっぽい。将来が見えたな…。あとデブキャラ君はリア充爆発しろ!とか要るのか、そのシーン…。それと六花に構ってる友達?がけいおん!にも居たような…。

ラストシーンは良かったと思う。キスで終わるラブコメが良いと思うのは幼稚なのだろうか…。でもキスとかエッチとかが幸せなんじゃない、ってのは言って欲しい、と思う。婚約者をただでHできて家事をしてくれる存在と見做す男性がいるようだが、全く美しく無い…。まぁ、男女共に求めるのは「都合の良い相手」らしいからね…。

性欲で一緒にいたい、と思うだけなら一生一緒にいることは出来ないと思うんですよ。欲なんて衰えるもんなんで…あー、多分。そうじゃなくて、一緒にいて安心できる、安らげる人と一緒にいるのが幸せだろう、と私は思ったりする。そんな人物がいた覚え無いけど。人によっては一緒にいて高めあえる人が良いという人もいますが、私的には疲れそうだからパス、と思ったり(笑)

寄生獣」の探偵さんの夫婦みたいのが楽で良いんじゃないかね…悲劇で終わりましたが。だから、稀少価値っぽいけど、幼馴染との結婚ってのが一番うまく行きやすいんじゃないか、と思ったり。「タッチ」の南ちゃん…的な感じですね。まぁ、そこまで近い距離の異性がいるという条件自体確か稀だったはずですが(苦笑)そして、ある程度の器量を求めようとすると絶望的なのか…くっ。

まぁ、私が思うに、自分にある程度の器量を求めるってのがまず躓くんですけどね…。いや、最早「障害者」だし。他人はどうか知らないけど私はその時点で腰引けちゃうんで。「声の形」って漫画がありましたけど、ヒロインが自殺未遂を起こすのは自分が相手に相応しく無いと思ったから、だと思うんですよね。そして、それは正しいと思う。

同時に相手が私を可哀想だから一緒にいてやる、という感じになるのも嫌ですよね。意識的にだろうと無意識的にだろうと自分が相手より劣位に置かれるので。ペットか動物園の動物みたいなもんですよ。

障害は相手にとっても負担になるもので「発達障害者の手記」でよく見るのは、婚約者の健常者の側が負担を負ってる描写だったりする。負担を負ってかつそれで良いと言えるタフな人は稀少だと思う。会話好きな人なんかは私と会話しても噛み合わないからお互いに苦痛だろう、とかね。会話できるように努力しろ、って言われるのも嫌だし。「歩み寄り」のために一方的に半永久的な健常者への「歩み寄り」の努力させられると私は思う訳であります…。その結果、キモイとか言われるんじゃな…(´・ω・`)そうまでして結婚したくないな…という。その苦痛に前世の業が深かったのかと自問自答しそうなので…。

まぁ、だからね。女性は庇護される対象とみられやすい、と前に書いたんですが、だから発達障害者でも女性は結婚しやすい傾向にあるみたい。それは日本社会ではそもそも男性側が守るべき存在として女性を見做させるような構造があったから。でもそれは同時に「私とあなたは対等ではない」ということですよ。男性側は否定するかもしれないですけどね。そういう関係を対等であると誤魔化すことを私は受け入れ難い。例えば、友達とかね。

だから、私は普通な人は普通の人と結婚すりゃ良いと思うけど、だからってダメな人がダメな人と一緒になると負担が増えるだけだと思う。老々介護みたいなもんですね。正直「老人z」みたいな機械に看護された方が他人に世話されるよりマシだという人もいるんじゃないかな。

さて、ちなみに六花は中二病だけど、それをやめて見せたように、あくまで本当に変な子ではない。だから、主人公も六花を受け入れられるんであって、ガチだと無理だというのが作者的な本音じゃなかろうかと思う。登場人物の全てが現実と虚構の区別がキチンと付いている人たちの世界なので上手く行ってるだけ。

現実には区別付かない人も多少なりマジでいるので、そういう人は病院送りになると思う。