LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

普通の人のように

普通の人のように幸せになるのは無理だ。

私が普通の人では無いから

まぁ、あとは、普通の人は幸せになる というテーゼも真と証明できなさそうだ。

普通の人のように というのは 普通ではない時点で 自分には望めない

普通の人のように 友達を作り 恋人を作り 結婚する できてしかるべきだ、と主張するのは、

私は普通の人では無いから 厳しい。

仮にそれができたとして、普通の人のように幸せになれるべきだ と言っても、

普通の人では無いのでそのような結論が得られる道理はない。

普通の人からは普通の子供が生まれるかもしれないが、

普通でない人からは普通でない子供が生まれるかもしれない。

普通の子供をなぜ望める気になるのか。

普通の子供で無くて良いと言うなら産めば良いが、

なぜ普通に生まれてこないのかと詰られるようでは困る。

無知と馬鹿と短絡とお花畑的思考の結果だ。

運が悪かったのではなく、

だいたいそうなることを予見するだけの頭が当人に足りて無かったのである。

勿論、低い確率が偶然当たることもあるが。

但し、自分に遺伝的欠陥がある場合には子供に遺伝する可能性を考慮するのは当然だろう。

最近は、自分の加齢や生活習慣も考慮するべきである。

薬漬けにされている人は子供を作るのに向いていないのでは無いか。

万人に結婚をする権利や子供を作る権利があると主張する人もいるが、

その結果を受けるのも自分だという考えが足りないことがままある。

結婚して辛酸を舐めるのも、子供の育児の責任を被るのも、権利を主張した人間である。

その人たちは当然、普通の当たり前の幸せが手に入ると思ってやっているのかもしれないが、

すべての普通の人が幸せな結末を迎えるわけがないので、前提が間違っている。

結局、普通であろうと無かろうと、自分がどうなのか、と考える必要が全員にあるわけで、

普通は、と言って短絡的に実行してしまうような人は、その時点で普通より愚かである。

養子に関して詳しくないが、私としては発達障害者が子供を作るより、

障害のない養子を探して引き受けた方が子供を持ちたいのならリスクが低いだろう。

正直、不妊や高齢の場合も、そうした方が無難な選択だと思う。

遺伝子を残すことが万人の権利だ、と、まぁ主張されることだろうが。

そんな権利は別に無い。

女として生まれたからには、という人がいるが、能力が無い人にはできないことがある。

私も人間として生まれたからには…と思うが、逆立ちしてもできないことはままある。

それが普通はできて当たり前だとされることであっても。

だから諦めきれない気持ちは理解できるが、批判してはいけない立場には立っていない。

経済力の無い人は結婚できないというのと同じで不可能ではないが、

リスクやデメリットが大きいからしない選択をしなければならない、とかそういう話だろう。

それをゴリ押ししても結果として幸せになれるかは別のことである。

特に子供のリスクを考えて欲しい。子供を作る場合、優先されるのは親の利益ではなく、子供の利益である。