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LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

社会モデル

発達障害

学校では知的障害者発達障害者・精神障害者は一般クラスとは分ける。特別支援教育ということをやる。

一般の生徒とは切り離す訳である。要は社会でもやはりそうする方が良いと思う。

社会的障壁というのも社会的排除というのも、一般クラスに障害児を入れるようなもので、

特別扱いというのは、気を遣えと要求するよりもクラス分けが必要だと要求した方が合理的で対応できやすい。

結局のところ支援者には特別な知識が必要だからである。そういうものが無い人は対応できないと見た方が良い。

合理的配慮という価値観が広がるはずだが、正直、最終的に特別支援クラスを作って最低限保証した方が、一般のクラスメイト=一般社員にとっても良いと思う。寧ろ配慮しろと言われて一般クラスの空気を壊さないで出来るとは思えないのだが。

何というか、発達障害者の中には「俺は障害者じゃない」と言って、差別されない権利を求める者もいるし、この合理的配慮というのはそういうイメージが強いのだが、見下されようとも発達障害者自身が楽に生きられるためには「障害者だから理解して」というしかない。

かと言って、一般クラスの中で叫んでみても、一般クラスの人たちは自分のことで精一杯で障害者に構う余裕が無いだろう。なのに一般クラスで合理的配慮とやらを求められても、義務教育を見回せば分かるが、上手く行くと思えない。寧ろ、特別クラスを作らない言い訳をして企業に丸投げする気に見える。何というか「ゆとり教育」みたいな話である。それよりは、初めから君は障害者だから別クラスね、と居場所を分けて労働の難易度を下げた方が双方にとって居心地が良いと思う。

一般クラスの人は障害者だからって甘えやがって…とか思うだろうし、それは当然の心理だから、あまり関わらない方が良い。こういうのは物理的に気にならない場所に置いといた方が良い。

妊婦や老人は、老人だから妊婦だから席を譲って欲しい、と言うだろう。障害者側も専用席みたいな特別な配慮が必要であるということだ。

競争原理というのが盾にされそうだが、本来競争原理というのは労働のモチベーションを上げるための方便だと思う。共産主義にして評価しないとやる気が出ないので生産性が落ちるらしい。正直、そのくらいの原理なのでやる気がある人たちがやったらいいと思う。全員を巻き込む必要性は無い。ある程度以上は自尊心を下げてしまうデメリットの方が大きいと思う。

正直、作業所のような場所を作るなり生活できる程度に収入を得させて待遇を上げるべきだと思う。そういう人たちはある程度天然記念物か何かみたいに保護してるようなもんだと思うべきだ。確かに採算は取れないだろうが、職員が必要で各地に無ければならないのだから、少なからず地方での雇用創出になったりするだろう。現状は対等やら平等やらを言い訳にしてどうしても社員レベルで働かせるみたいな感じに固執し過ぎている。

グーグルが黒人を採用しないのは実力によるものだ、という感じというか(´・ω・`)平等対等差別してないを理由に同じくらいの能力とかちょっと高い程度なら白人を取ろうとなるわけだよね。障害者なんかは同様の上、当然並べるだけの能力なんて無いから平等な評価をした結果、永遠に低賃金で働かせてポストにも付けない。差別しないことを差別っていうんだけど自分の都合が悪くなるからね。

老人や妊婦に席を譲らないこと、と言えば分かるか…。女性も同じ。差別的環境が変わらないのに対等扱い。結果、シングルマザーの半分に近い数が生活保護以下の生活水準で生きることを強いられたり、とか。本当は、人道に基づいて相手を差別することを差別しない、っていうんだよ。

将棋なんかじゃ女流が認められてるでしょ。

席を作った方が平等で合理的だという判断なのかも。

要は、今の社会ってのは一室に4人が同居しているアパート暮らしみたいなものだ。

必要なのは、4つの部屋とリビング。