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LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

日常系とは

雑感

前も書いたんですが、日常系漫画とか日常系アニメというのは、要は現実逃避的な閉鎖的空間であり、鎖国であり、都合の良い人たちとの集団の島宇宙化であり、コミューン化という感じである。志向性としてはマイルドヤンキーで仲間・家族というものに理想を求める。ヤクザ・極道・不良系も結構ここに結びつきたいという感じがする。要は「家」に理想を求める。

日本で言えば民族至上主義という感じで日本人以外は基本的に社会的排除の対象という感じ。この日本人は単に血というより能力的にある一定以上の水準を期待していると思う。

最近の作品では『がっこうぐらし』は日常系の空間的な断絶を視覚的に描いていると思う。要は自分たちの家の外はゾンビがうろついていて安全じゃない、という世界観である。大体殆どの漫画はそういう想像力の外に出られない気がする。それは作家が日本人的なまともさの中にいるからだろう。けれど、そういう想像力以外の立場もあるという風に現実認識を変えられる人は漫画も描きようがあるのになと思ったりする。

日常系の鎖国系作品ばかり売れるようでは正直不安になる。ISや難民問題など他所でやれと思っているわけで。もっと言えば、こういうのは日本に住む弱者の問題も外でやれと思う傾向になる。いじめ自殺とか見たくないから外でやれと。要らないものは自分の世界に要れない、という作品系統が多く持て囃されるような時代は、時代の空気感を反映してるのような気がして何とも。

難民問題もいきなり生活保護と結び付けられて考えられがちだが、そもそも文化が違い言葉の通じない彼らに適切な仕事を用意する準備があるのか、など、考えるのも受け入れる国が保障すべきことだろう。その辺が考え付かないのだとしたら…。