LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

発達障害は天才にはなれないょ

アインシュタインエジソンなんてボクにあ無理だょ…。

 

(´・ω・`)

 

発達障害関連の情報がここ数年でネット上に増えた気がするし、wikiの情報も少し変わってた気がします…。

 

いや、典型的なアフィリエイトみたいなサイトだと「あの天才は発達障害だった!?」ってやるじゃないですか…。発達障害の情報を探している人が特に当事者がそれを見て落胆するからYAMERO!と思う。

 

鳶は鷹を生まないんだよ、基本。選ばれし者とかじゃないから。

 

最低限「健常者社会」に適応させる(型枠に時間をかけて押し入れる)か、天才児になることを期待するか、みたいな、どっちかみたいなさ…(´・ω・`)そんな周囲の人たちばかりだと私は、もう…もう…

 

もうポイズンだょ…。

 

まぁ、どちらも健常者中心主義という感じの見方になりがちなのかも。インディアンを白人にしようという感じというか…(´・ω・`)

 

「ワタシ、森の人。この森守る。使命。お前ら人間。ネット守る。使命。違う人間。分かり合えない。分かりたくない…」

 

まぁ確かに社会復帰とか自立支援とか療育とか字面を考えると「健常者社会」にどうしても押し込めて納めなければならない、と考えがちになるけど。

 

そうすると窒息死すると思うんで…。

普通の人か天才にならねばならない…とか思っちゃダメですね。知的障碍児は知的障害児であり発達障害児は発達障害児であり犬は犬であり猫は猫であり白人は白人であり黒人は黒人であり天才は天才であり凡才は凡才なんですよ。

 

ネコを抱きしめて遊ぶためのただのおもちゃだと思っている人には、ネコを世話するには、やらなくてはいけないことがたくさんあることを話してきかせます

カラパイア

 

 

て記事があって、支援者は「同じ人間」というよりこの記事の「猫」くらいに考えて発達障害者を支援すると良いだろう。私は人に噛みつくぞ(*ノωノ)キシャー。

 

「同じ人間」あるいは「同じ人間になり得る」と考えてしまうために対応を誤るようである。非自閉症者と自閉症者は違うのでそれぞれ異なる対応を必要とする。

 

発達障害を「治療できる・克服できる」と考えると対応を誤るようである。

 

発達障害者」として良い成長をさせるには?と考えて欲しい。「良い犬」「良い猫」を育てようとするように「良い発達障害者」を育てれば良いのである。「普通の健常者」に育てようとするから実験用モルモットの一匹として精神医学の向上のための尊い礎の一人としてその子の生涯を壊すのである。

 

発達障害者を「健常者の偽物」に仕立てようとするからおかしくなる。特性に応じて飼い方が違ってくるのは当たり前である。発達障害者は発達障害者らしく育てれば良い。猫草とか食うかもしれない。