LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

健常者は本物人間である

発達障害者は思っているのである。

と健常者の当事者は思っているのである。

 

だから、健常者は発達障害者を本物(健常者)にしようとし、発達障害者は本物(健常者)の言うことが真実(なぜなら本物人間だから)と思っている。

 

この双方の思い違いが喜悲劇を生み出しているわけであろう。

 

あるアスペルガー当事者が言った。当事者は落語をしている。扇子で蕎麦を喰う芸を見せる。それを見た健常者は「何だお前、蕎麦が食えるじゃないか」という。大体、こういう風に擦れ違っており。アスペ君は自分が蕎麦を喰っていると思い込む。

 

けれど、アスペ君にできるのは所詮、猿真似である。「扇子で蕎麦を喰う真似をする」のがせいぜいであり、本物の蕎麦を箸で喰うことはできない。そして健常者は「あいつは蕎麦を喰っている」と思う。健常者は「お前は蕎麦を喰っている」とアスペ少年に言う。アスペ君は「私は蕎麦を喰っている」と思う。

 

けれどアスペ君は「扇子で蕎麦を喰う真似をしている」

 

かくしてアスペ君は「私は本物人間になった」と言う。「私はアスペじゃない」と言う。「私は健常者(本物人間)と同じ本物人間なんだ」と言う。

 

しかしアスペ君は「あぁアスペ君は人間じゃ無いから仕方ないんだよ」と健常者(本物人間)が陰口を叩いている場面に出くわす。「所詮あいつは紛い物だから俺たちが気を遣わないといけないのさ。嫌になるぜ」「ちげえねえ。ちげえねえ。がはは」

 

アスペ君は思う。「本物人間は私に嘘をついていたのか!」

 

書いている私も伝えたいことがよく分からなくなってきた(+_+)まぁ、発達障害者は「早く人間になりたい…」と思いがちで、健常者が彼のいう「人間」な訳です。彼にとって「人間」は正義なので、彼らの言うことは全て正しい人間の在り方であり、自分も「そうでなければならない」。目が3つあれば目を増やし、足が6本あれば指を増やし、腕が1本だけならば一本は自分も切り捨て無ければならない。

 

そして健常者は「その通りだ」と言う。「お前が社会参加する気なら、そうしなければ私たちはお前を人間とは認めない」と言う。それが本物人間だからである。

 

健常者こそが本物人間であり私は本物人間では無いのだから、私は本物人間にならなければならないのである。

 

実際のところ本物人間なんてものは黒人に対する白人みたいな話である。健常者と発達障害者の関係は全くこれであろう。私は「白人になりたい黒人」みたいなものだと言えば伝わるだろうか。

 

そして白人は黒人を理解する必要なんて無い。理解しなくても何ら困らないからである。白人が言うのは「白人はこうする。だから、お前もこうしろ」ということである。健常者というのはそれをナチュラルにやる。

 

発達障害者は健常者のその手の言葉を「正しい」と信じている。「人間の皮膚は白い」と言われれば「私の皮膚は間違っているのデスネ」と考えねばならない。黒い皮膚は真の人間じゃないからである。

 

健常者が発達障害者にしているのは丁度、同化政策であり、発達障害者の文化を受け入れようとするものではない。けれど健常者は同化政策こそが正しいと教科書に書かれているというので疑いなく実行するわけである。

 

 「これがお前のためになる」「私たちはお前のためを思って言っているんだ」「これ以外の正しい方法などあり得ない」「みんなこうするのだ」と言いながら。

 

まぁ、だから犬が猫に「お前は本当は犬なんだから犬になれ。この社会はみんな犬なんだからな」と言っているわけである。

 

で、私は「この犬の言ってることは間違っている」と言う。犬は「お前が間違っている。隣の犬もお前が間違っているというぞ」というのである。そして隣の犬も「お前は犬なんだから犬らしくしなければならないワン」と言うのである。

 

私は猫である。と何度言っても所詮犬の頭では理解できないのだ。本物人間と言えど、目も悪ければ頭も可哀想。その程度の自称本物人間に憧れて、私も本物人間になるんだ、というのだからどうしようもない。これも所詮、猫であり、目も悪ければ頭も悪いので、自分が猫だということの自覚もにゃーと鳴く以外に無く、犬と言われれば自分がにゃーと鳴くだけの犬のような気がしてこないでもないのである。所詮は猫はただの獣であるのだから頭が弱くても仕方が無いのかもしれないが。

 

自称本物人間の中でも科学四天王最強のドクター・サイコロジーでも無ければ、本物人間というのが自称で、だから私が偽物人間というわけでもない、ということが分からないのである。

 

特別支援学級だとか専門家以下の知識と認識しか無い下級戦闘員たち程度の頭では、健常者と言えど、そういう分別は専ら付かないものである。 

 

 その辺が分からず、本物人間を一緒くたに崇拝している発達障害者たる私はエンカウント率の高い馬鹿犬を見て「全ての犬は嘘つきである」と言っているに過ぎない。

 

まぁ、この書き方で伝わる自信は無い(´・ω・`)