LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の趣味と考察と日記を適当に

凡人ですら無い話

主人公でも無いし、普通でも無く、更にはアウトサイダーである。

 

ドラえもん から 妖怪ウォッチ へ みたいな話を読んで、現代の子供に「のび太君」や「ジャイアン」みたいのに共感を抱く子は寧ろ少ない。寧ろ「普通」ということに悩む子が多い、みたいな話を読んだんだけれども。

 

まぁ、それは時代性とも関わっていて、どう頑張っても、低空飛行していく日本の構造から外へ出れないみたいな…。その中で自分が努力したところで他人より秀でるものなどない…的な意味で「普通」なのかな、とか。凡庸というか。

 

要するに未来に展望が見えない、という世界観を引きずってるんだろう…(´・ω・`)高度経済成長の頃は凡庸でも出世できたので希望を持てたわけなんだろうけども。

 

要するに「普通」や「凡庸」というのは「天才」や「金持ち」との対比というかね…(´・ω・`)妖怪ウォッチは見てないので、恐らく、という話。

 

どうも「新世界系」という物語類型の話になると、この「普通・凡庸」ものの話になる。主人公との対比。「選ばれていない私」。その一つギアを落とすと喪男・喪女の話とか。逆に選ばれてる的な(苦笑)『声の形』が今度アニメでやるらしいけど、要するに死のうとか思っちゃうくらい底辺の子の話。

 

1.ヒロイックなトップランナーの話

2.一般人たちの話

3.シビアな話

 

みたいな類型ができると思うんだけど。「聲の形」を私はあんまり評価してないけど。ただ「問題がある子供たちの話」としては、あの路線でバッドエンドに行くのが私の話(´・ω・`)

 

ドラえもん』も発達障害の話と言われてもしっくりくる。問題児の話ですよね。『ちびまる子ちゃん』とか。精神医学が無い中でそういう子供たちを「性格」として受容しようとする話なのかもしれない。

 

ただそういう子供たちが実際には目立つけれども「私」じゃないよねというのでウケなくなっていったんだろう…。で、メンヘラブームというか。『新世紀エヴァンゲリオン』~『魔法少女まどか☆マギカ』くらいの間で描かれた葛藤はまだ「普通」では無く病気寄りだったと思う。あるいは問題を抱えた不幸な一般人の私、とか。

 

20世紀の教育や社会は一般人でも辛いものがあったと思うし、今よりもキツイものがあると思う。モラハラ的な、パワハラ的な意味で。だから「病んだ一般人」のモチーフがウケたんじゃ無いかな…。

 

まぁ、「松本サリン事件」の浅原彰晃は病んだ障害者だと思うけど…(-_-)時代を象徴するね。「3.シビアな話」にそういう人達を私は入れると思うけど、こういう人達は幸せになりたいけどなれない現実の構造の中に深く嵌り込んでると思う。3の話はこういう人がじゃあどうやったらまともに生きられたのか、という話だろう。

 

新世界の話は「不意打ちで死ぬような世界」の話らしいけど。主役級でも突然の一撃死的な。『ハンターxハンター』的な。もう一つは今のシリアに生まれて生き残って幸せになる話を書けみたいな。環境が圧倒的に自分を殺しに来ている現実に生まれたら?という感じの話。

 

「2.一般人たちの話」は少なくともそうではないでしょ。なんか漫然とした不幸な日常の中で淡々とすることをして生きなければならない的な。あるいは不幸ですら無いのかもしれない。

 

義務教育が楽しかったとかヌルゲーでした、という人達もいる一方で、特に酷く虐められたわけでも無いのに死ぬグループがいるわけですよ。そういう人が3の人たち。発達障害の私もそこに入る。環境が私を殺しに掛かってくるので(苦笑)

 

ヒミズ』みたいな話だと思う。2ですら無い、という。特に不可逆的な障害が自分にあると自助努力では到底抜け出せない。無くても抜け出せない場合も勿論あるわけだけれど。

 

運が良ければ何とかなったのにね…みたいな分かり易い抜け道があるから微妙(苦笑)極端な例を言えば「頭以外全身マヒして言葉も外へ出せない状況で如何に幸せに生きるか」みたいな悩み方。

 

実際、そういう人もいる。そういう系がひっくるめて3なので。環境が自分を殺しに来ている、というか、選択肢を封じに来ている、というか。

 

「友達を作る」とか「会話を楽しむ」という選択肢を私は封じられているから(笑)知的障害なら「良い大学に行き、良い会社に入る」という選択肢も封じられる。そういう風に何らかの環境的要因によって幸福を封じられた人はどうすればいいんだろう?という話。

 

封印が永遠に解けないものとして。それが3の話。

 

友達を作って、運動をして、仕事をして、食べて、寝て、趣味の一つもあれば幸せになれる…と一般人は思うかもしれないが、

 

私はどれ一つ満足に出来ない、みたいな(苦笑)努力の問題では無くその能力は封印されているので出来ない。だから、じゃあどうやればその条件で生きている私は幸福になれるの?という問いですよ。

 

健常者の言う幸せの条件を満たせない私はどうすれば幸せになれるんだ(/・ω・)/

 

特に孤独ですよね(笑)孤立か。「一人にしない・させない」→「私は一人でいたいんだ。けど寂しくて死にそうだ。尚、コミュ症」

 

こういう人がいるんだ。というか私だが。こういう人のための物語は無いからね。ラノベには(笑)ゴールデンレトリーバー祭みたいのが開かれれば、そこに埋もれてしばらく幸せで居られそうだが。尚、世話はできない(笑)

 

まぁ、そういうテンプレの幸せじゃ自分が幸せになれないから、自分で探すなりするしかないんだろうね。あとテンプレでなきゃ幸せじゃないとか決め付ける発達障害も多いのさ。

 

結婚できなきゃ人間じゃないみたいな(笑)子供産まなきゃ女である意味が無いとか。子供産まなきゃ幸せじゃないのね。

 

そういう風に拘る人が多いらしい。私も「友達」に拘るしね。世間も煩いんだ。「友達」がいなければ絶対に幸せになれないってね。孤独・孤立いけない絶対。

 

念仏のように「幸せとはかくあるべし」と聞かされ続け、それしか無いような気にもなっているわけで。それ以外の幸せを教えられてもいないしね。それらがあらかた手に入らない自分はなんて不幸な人間なんだ…という。

 

日本は特に等質性が高い空間だから、そう思いやすい。加えて私の特性である。認知の歪み。0か100か。とかね。猶更、そうとしか見えない。写輪眼の幻術に自ら嵌っているわけでね(>_<)

 

不幸な人というのは自分から千尋の谷に落ちていくんだ。馬鹿や阿保で自らの頭によって落ちる場合もあれば、地震で足元が崩れることもある。私は前者も自己責任だとは思わない人間だからなぁ。

 

生まれながらに自然災害に遭ったみたいなもんでね。突然死か長く苦しめられて最後に首吊るかの違いみたいな。どっちも新世界の暗黒面に堕ちてるんだ(>_<)

 

Fateの言峰綺麗みたいなね。日本に生まれてきた時点でこの人首吊りまっしぐらですからね。正直、動物園とかに一人で閉じ込められていた方が幸せになれるだろう。人に害をなす前にね。

 

そういう人でも社会に解き放たれて犯罪を冒すまで野放しにされ、犯罪を冒したら処刑されるわけですよ。再犯しない自信が無いから刑務所に居たい強姦魔みたいな話ね。

 

自由という罪だから(´・ω・`)自由を扱いきれない人間は刑罰に処されるわけですよ。逆説的に言うとね。

 

特に資本主義社会で自由でいいよと解き放たれて幸せになれるよって人は限られてるんですよね…きっと。

 

地震とか来るとそういうことがよく分かると思うんだけど。「どうすればいいの?」ってなるでしょ。動かなければ「指示待ち人間め」と言われ、自分の意志で動こうとすれば迷惑だからお前は動くなと言われ(笑)適切な行動とは一体(´・ω・`)

 

この社会で自由を行使するのはコミュニケーション技術くらい高い技術だから(/・ω・)/…普通の人にはそれが分からんのですよ。

 

例えば、知的障害者はレベルによっては金も使えないし生活保護も求められないんですよね…。技術(スキル)が無いから。彼の目線から言えば自由は法律を理解して守れるだけの能力がある健常者の特権ですよ。だから特権を持つ人に身を委ねないと生きていけない。そういう代理の人間を建てるわけですね。実際。

 

そういうことへの自覚が広がって欲しいな。

頭が良く無い人間は自業自得…って世の中じゃないですか(>_<)

それはね「正直者が馬鹿を見る」世の中だから。「正直者でも馬鹿を見ないで済む世の中」になって欲しいわけですよ。理想的には。

 

遺伝子系の疾患で疑うことを知らない善人病みたいのがあるじゃないですか。名前が思い出せないんですが…(´・ω・`)あぁいう人は誰かが守ってあげないと判断を尊重すると騙されて破滅するルートに直行ですからね…。

 

馬鹿なだけで破滅していく人があまりにも目につくような気がする。善良なだけでは生きていけないんですよ。それだけじゃ、まともな判断ができないから。

 

逆に言うと、馬鹿なだけで善良な人は割といると思うんですよね。そういう人が苦しい生き方をしなければならない。頭が悪いから(苦笑)

 

私は善良ですよ。どちらかと言えば。けどやる気が無い。能力も無い。圧倒的に。慢性疲労症候群みたいな話で。だから「元気が無くて会社に辿り着けないんですけど」みたいな。面接の時点で(笑)

 

半覚醒とか言われるわけだけど。

デイ・ドリーマーとか。

 

「やる気あるの?」とか言われるわけですね。

私は正直だから「ありません」と答える。

「じゃあ帰れ」じゃないですか。

だから面接とか無理ってなるわけですね。

 

不注意優位型は。

それで「やる気出すお薬」によって薬漬けにされて治療。

私は正直、お薬なんてもう飲みたくないですよ(´・ω・`)

やる気ないのが私ですよ。やる気出した私は私じゃ無いから。

 

まぁ、それで、

そういう人は生きていけないんだと思うわけで。

生きるのに向いていない、って自殺した海外の子がいたでしょう。

人並みに働いて生きるってこと向いていないんですよね。

色んな意味でついていけるように自分が出来てないように思う。

 

仏みたいに善良でも(笑)

人並みに頑張ろうとしただけで燃え尽き症候群に罹る。

「お空綺麗」状態である。

 

実際、それで人生を転落していくんですね。

Zガンダムのラストのカミーユみたいになるから。

しょっちゅう。

 

とある風俗嬢の人がそんな感じの人で仕事が続かない。やる気無くなっちゃって…。って書いていて。私は不注意優位のADHDなんじゃ無いのと思ったけど。その人は自分をただやる気ないダメな人だと思ってる。自業自得だと。それで風俗落ちとかね…哀れだよ(´・ω・`)

 

そういう脳なんだと思う。人口の数%のね。

鬱とか慢性疲労症候群とか、発達障害とか。

やる気が無い、というのは自己責任じゃ無いと思うんですよね。

私は生まれてからこの方、日常的にやる気があったことがあるだろうか…(´・ω・`)

 

学校で「はい。元気です」と毎日HRで答えなければならない、みたいなことがあったのだけれど、私は元気なんてあった試しが無い。毎日雨天である。なので「元気は無いです」やら「体調が悪いです」と答えることが多かったけど、心配されるので次第に答えにくくなるわけである。

 

この時点で発達障害的なエピソードだけれど…。ただ他の児童は元気が実際あったのかもしれない。私に無いだけで(/・ω・)/スパロボで言えば、要するに初期気力50のキャラだからな私。

 

その状況でよく頑張ってきたな…と思うよ。我ながら。生きる気力も無いし、何も成せなかったけれど( 一一)

 

エネルギーが無い状態で頑張らなければならない、という状態の無理…ね。

 

そりゃ不登校にもなるよね。

 

私の独特の幼少期の世界観は恐らく半覚醒状態だったことに由来する気がする…。現実感が無かった記憶が結構あるんですよね。それは不注意優位で現実が夢現(ゆめうつつ)だったからかもしれない。

 

そういう状態でハキハキ生きろと言われても無理でしょ(*ノωノ)まぁ、ある時点で張りつめた糸が切れて現状のように無気力化したのかもしれないが…。

 

生まれた時点から既にやる気無かったんだと思うな…私は(/・ω・)/

やる気の無い人間に対してみんな辛辣ですよね。やる気の無い人間に対して社会は厳しくできていたんだと思う。実はこの辺がかなり負担だったのかもな…。

 

無いやる気を偽装する、というか(´・ω・`)生き足掻いていたので、そうせざるを得なかっただけで、本当はやる気なんて微塵も出したくなかったんだろうなー…。そういうやる気は自分の首を絞めてキリキリ締め上げてく感じ。

 

だから、私は歪んでいるんじゃないかと思ったりする…。

 

人間ってのは羊飼いであり羊でもある…という感じなので。私は限りなく羊ですよ(´・ω・`)羊飼いにクラスチェンジするには初期ステータスがあまりにも足りていないと思う。