LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

Twitterをやってみた感想

新奇性のある発達障害者にとっては、動きを封じられてしまうツールだなと思った。そこから抜け出せなくなりそうだ。

 

自分の考えを発信して反応を見るのには良いが、自分の考えをまとめるのには向いていない。一々レスポンスが付いてしまうから。

 

考えをまとめるには、ある程度の分量自分で思考を進めなければならないと思う。その中で論理的な整合性を自分で測る。ツイッターでは他者のご機嫌を窺って、その辺を決めざるを得なくなる。それに意味の無い呟きは出来ない。

 

考察を長々と書きながら深めるためのツールでは無いのだ。

 

周囲のフォロワーの意見に流され、彼らを気にかけなければならない。他人の意見を傾聴する分には良いだろうが思考を形成しようと思うなら、別の落ち着いた場所で展開した方が良い。

 

社会的な道徳性が割り込むと、理論的な考察を深めることは難しいと思う。

 

まぁ、会話で思考回路を形成している一般人が物事を強く現実や社会的道徳に結びつけて考えてしまうのは、他者と連結した前提の思考で多くの物事を考えてきたためだろう。

 

人間には一人でものを考える時間が必要である。でなければ、考えを共同体の外へ広げることが出来ない。それは視野を狭くしてしまう。

 

まぁ、共同体の中で生きる分には常識に肩までどっぷり浸かるのも良いのだろうが…。

 

自己肯定感を得やすいツールだなと感じた。優しい関係?けど炎上している場所では炎上しているんだよね…。

 

チャット等のように発達障害者にとっては良いコミュニケーションツールだと思うが、それだけに帰ってこれなくなりそうだ(苦笑)まぁ、既に話したいことも無いような気もするが。

 

自分の中身が人に披瀝するには空っぽだと気づくのも早いんじゃなかろうか…。私は既に自分の限界が見えた気がしたな(´・ω・`;)

二日で(笑)私の人生は二日分の暇つぶしくらいにしかならないか…。良いけどね。

 

まぁ、だからバカッターとか安易なネタの仕込みに走るのか…。語れるほど自分の中身が無いから…。自分を消費する場のような気がしたな。だから発散という意味にも向いているんだろう。

 

もう少し思考を深めたいな、と思える場所だったかな。