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LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

異世界転生系の不満

『魔導書を書く人』という作品を読んだが、気になったのは、主人公が拳骨によって矯正されたので、教え子にもそうする、という態度。

 

体罰教師の考えと一緒である(=_=)「自分がそうされて良かったから他人にもそうする」というだけの筋の通らないことをしている。

 

一昔前の道徳観というか。そこから進歩しない。『先生』になろうとするのに、その辺りは描かれていない。作者の技量的に書けない領域なのだろうか。人を頼れというのに、最後まで自分だけで何とかしようとし、かつ家父長制的である。

 

その辺りは『無職転生』と似ている。

 

私が思うのは「引きこもりや脱落者が転生して勇者になる」という物語の多くの引きこもりや脱落者は「発達障害的」でそれ故に「心を開く」行為では救われない。にも拘らず、物語的には心を開いたから友達が出来て、改心したから超強化されて、悪徳貴族以外の誰からも好かれる人間になってしまう。

 

発達障害者のためのシンデレラストーリー」みたいな感じであり、要するに子供騙しであり、そこに気が付けば興醒めになる。

 

コミュ障に必要なのは「心を開く」ということでも「他人を信頼する」ということでも無い。

 

「それが出来れば苦労しないよ」というのが当事者の想いだろう。その辺の乗り越え方の説得力が無い作品だらけ、というのが割と転生もの好きの私の感想である。

 

過去にも書いた記憶があるけれど、一般人か天才が転生してチートするのが最も説得力がある。要するに「人生やり直し系異世界転生物語」は私は好きじゃないのだ。

 

それなりに優秀で道徳観念もある人物が転生して異世界物語に巻き込まれる、というなら私も「いいかな」と思うやもしれない。

 

敢えて、脱落者を失敗作と呼ぶとすれば、転生して過去の記憶を持つことは呪いだろう。生まれ変わりたいと思う時、全てが根源的に解体されなければならない。それ故の死というのであれば救いもあるだろうが。

 

閑話休題

 

それにしても、なぜ異世界人は異世界を日本風にしようと必死なのか…(笑)流行の「日本サイコー」系本の系譜のように、現代日本AGEである。

 

ある作品では、異国人に「寿司」を振舞っていたが、なぜか食べる人全員が「素晴らしい」と言う。私は寿司が嫌いだし、生食に忌避感を感じる人もいる。ましてや異世界だというのに、全員が「素晴らしい」と感じるわけないでしょ(苦笑)

 

他に「酒」とか。作者(主人公)が好きなものは異世界人全員の舌に合わなければならないのだろうか(=_=)