LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

爆ぜろリアル!弾けろシナプス!バニッシュメント・ディス・ワールド!

名言である。

そして、顔を上げ、眼からビームが照射されて、異世界結界が構築される。出典は『中二病でも恋がしたい』。

 

存在理由・存在価値・・・レゾンデートル(Raison d'etre(ドイツ語)/raison d'etre(英語))。変わらないのか…。

 

発音記号的にレイゾーインデトルと読むのだろうか。

 

不可視境界線・・・。

 

今は忘れてしまったものの、『セラフィック・ブルー』も言葉当て、主に技名だが…というか言葉を当て嵌めるセンス(sense)が非常に良かった。中二病で無くとも、使ってみたい格好の良い言葉の数々である。

 

不可視境界線と言って思うのは、「行動」で「表す」ことによって、事象が「発生し進行し帰結する」という当たり前の事実のこと。

 

所謂、要するに、それは科学を信じるということなのだ。誰であろうとも「決められた手段で同じ段階を同じ条件で踏めば必ず同様の結果に至る」という真理である。それを科学と呼ぶ。

 

科学を信じられるか否かということが、この世界での生き易さに関わる。私は科学を信仰していないのか、科学を理解する意欲に乏しいのだろう。科学を理解するということが人間の一生には付きまとう。

 

科学とは生活であり仕事であり生理であり行為の未来予測を可能とする必然を想像するための、あるいは確信するための術である

 

生活の動線の全てには、科学が関わっている。法律や暗黙の規則(ルール)を私の頭で了解して、その予測演算機能を信頼し扱って、不可視の現実内で目的を持った活動を結末に向けて一歩ずつ進むことを、科学は可能とする。

 

私たちが普通の人間らしく生きていくには、不可視境界線を不確かな現実感覚の中から見つけて、それを活用していけなければならない。

 

自転車の乗り方やタイピングの打ち方や、コンビニへの道のりや、仕事の進め方…etc

 

人間は空の状態では不可視境界線を視ることはできない。視るには知識が必要なのだから。知識には頭脳が必要なのだから。

 

例えば「空気が読めない(KY)」とは不可視境界線が見えない状態を指すと言ってみてもいいだろう。状況に対する対応能力は未来予知/未来予測を必要とする。

 

そうした生活上必要とされている想像力を持つには明晰な頭脳と知識、数学的な計算が必要となるだろう。

 

まとめるなら…。

自分の不可知境界線を視る能力を研いでいくこと。それによって、上手く道を辿ることができるようになっていくのだろう。

 

見えない自分の想像力を使いこなすこと。そう言えば、それは中二病に帰結するかもしれない。『未来予測線』を見切る能力。

 

なんてものを想像する。