子供の頃の夢なんてものはなく、答えざるを得なかったから何かしら言っておいたというのが正しい。少年よ大志を抱けなんて言葉は昔は「いいね」を押したけれど、今は嫌いで中庸なんてのが好きである。ほどほどで良い。
まぁ、ほどほどで良いはずなのに、色々パラメーターがぶっ飛んでいる。他人と仲良くなれない設定とか鬼畜かよ。
人間はどの親の元に生まれるか選べない。はい。ここまではいい。
追加しよう。人間はどのように生まれてくるかわからない。
今の時代、日本に生まれたことはベターだと思う。私の人生は日本の普通の人たちから見ると割と、ベリー・ハードなスタート位置だったと思うが、ここでは、どちらかと言うと「退屈な毎日が続いてくのか、つまんねー人生だな」と思っている日常が不幸では無い人向けに書いておこう。
不安が無い安心していられる日常とは幸福なものだ。逆に言えば、そういう日常はあまり有り触れてはいないのかもしれない。
とは言え、割と多くの本で述べられているように、現代は平和であるらしい。断っておけば、私の生活には平和なんてものは無かった。別に少年兵として十何年間生き抜いてきた・・・とかいう設定ではない。ただ、家庭や学校に安心していられるような居場所なんて無かったという話に過ぎない。
もう結論が出てしまっているけれど、幸福というのはいつでも安心していられる居場所が常にあるかどうかである。それがある人は幸せだし、無い人は不幸だと思う。
だから、大層な夢なんてものは叶えなくても、幸せになれると私は思う。
私などは静かに一人きりで最低限の生活を送れる保証があれば、それで十分幸せであるようだ。
その夢も十分叶ってはいないわけだが(苦笑)
世の中を見ていると上条さんみたいな人たちが沢山いて、毎日「不幸だ」と呟いているような気がする。
それは恐らく、この最低限の基準すら満たせないような環境なのだろう。それって、平和じゃないんじゃね。
どこかの国や地域で戦争をしていなければ平和。という基準は随分お気楽である。
例えば、子供なら両親の不仲とか、学校でのスクールカーストとか、何か絶対入っちゃまずい禁止区域なのに行かざるを得ない状況と言うのが割とあって、そういう物事に巻き込まれていると、平和なんて概念は吹っ飛ぶような気がする。
忠言すれば、そこは戦場だろうと。少なからず紛争地域である。
幸福を得たいならば、そうした諍いから離れるのが先だなーと思う。
そうした意味でパワハラやモラハラが横行する日本は平和ではない。戦場である。
とりあえず、最低限の幸福すら享受できない人たちが往々にして、この国には多いらしい。
世界征服とか自分の家庭とかアイドルやら有名になりたいやら、大層な夢というのは、この最低限の幸福を満たせてからやったら、と思う。
幸せが何か分からない人は、自分では幸せな家庭すら築けないんだと思う。
幸せには段階があるらしく、その一番低次にあるのが安全であることである。確か。
低次の欲求が満たされていなければ、高次の欲求を目指すことはできない。
その辺が満たされていないのに自己実現するんだ!とか言ってても仕方ないと思う。
力技である。
痩せたら幸せになれる!とか、
禁煙したら幸せになれる!とか、
美人になったら幸せになれる!とか、は私がそう信じているだけだ。
痩せたらどうして自分が幸せになれるのか、説明できないあなたは・・・そう!
残念ながら痩せても幸せにはなれないだろう。
それは何が幸せなのか知らないからである。
まぁ、私も人のことが言えた義理ではないが。
とりあえず、私は、世間で言われるような幸せの素みたいなものは須らく持っていないが、今はほどほどである。