人間を愛する - 2016/04/03(Sun)
人間は動物である。
だから、一個の動物として愛せば良い。
鳥、犬、猫、馬、牛、蛙、虫…。
動物学者が動物を愛するように、人を愛すれば良い。
そういう見方をできない?
愛らしい犬。
凶悪なワニ。
可愛げのない猫。
気持ち悪い蜘蛛。
あるいは不思議な微生物。
自然科学の範疇。
植物。菌類。ウィルス…。
葉緑体にミトコンドリア…。
人間は自然だ。
山を好きだという人がいる。
海が好きだという人がいる。
では、山が、海が人に優しいだろうか。
山や海は人を殺す。
人間を好きだという時、山や海が好きというのと同じである。
要するに、人間とは同じく、自然である。
人に対するにも人は自然と対するのと同じく分け隔てして接するわけではない。
脳が現実と幻想を区別しないように、人と自然もまた、分け隔てられるものでは無い。
海と山と地平線の向こうに広大さと美を見出すように。
宇宙と銀河と惑星にそれを見出すように。
あるいは顕微鏡の極小の世界にそれを見出すように。
人間もまた例外では無い。脳と肉と皮膚と骨…。
それが社会を作り上げ、愛し合い、争い合い、論じ合い、動き続ける。
海を青一色で表現しようとするかの如く、人は人間を単純に描こうとする。
地球は〇。星は☆。山は△。
そんなものは所詮、記号愛好家に過ぎない。
人間を愛し、人間を好きであるのではない。
表面のパッケージを眺めて「これが好き」と指さしているに過ぎない。
月に手が届かぬように、人間という概念にも手は届かぬ。
そういう輩は月の裏側を見て狼狽えるが良い。
好きと豪語するならば深みへと潜れ。
知らないことをこそ知れ。