LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

国民年金と生活保護

非正規雇用が増えるということは、更生年金を受け取る人が少なくなり、国民年金のみを受け取る人が多くなることだと思う。つまり、75歳以降、月65000円。無収入で月65000円と考えると、持ち家でも無ければ生活出来ないだろう。普通、貯金+国民年金で、やれるところまで・・と考えるだろうか。それ以降は生活保護になる。

男性の平均寿命を80歳だとして、私は年金を5年しか受け取らない可能性がある。40年間積み金月15000円を払うと仮定して740万円。5年間しか受け取らないとして390万。女性は元を取れる可能性が高いと思うため、払った方が良いと思われるが男性は微妙だと思う。年金を受け取れても結局は貯蓄が足りず生活保護を受けざるを得ない人は、年金を払っても無意味という風に思うだろう。貯蓄の余地が無い人たちは、そもそも年金を払うメリット自体が薄いと思う。

左利きの人の寿命は大体80歳以上にならないらしく、少なくとも私が国民年金を払ってプラスになる可能性は薄いと思われる。

個人的には75歳以上に引き上げるなら、せめて生活保護と同等の最低限文化的な生活が保障される程度の給付額を目指すべきだと思う。というか更生とか国民とかで差異が出来てしまっている構図自体が格差的だと思っている。生活保護を受けるということは人によっては他人に養われているというレッテルを張られると思うだろう。働かざる者食うべからずと考え固辞したり、役所の意向で窓口で防衛線を張られればセイフティネットを使えず餓死するか犯罪に追い込まれる可能性もある。

政治的には自分で賄える人は自分で賄ってくれた方が得が大きいため、現状維持にしているのだろうか。自力が叶わない人は生活保護で救った方が損が少ないとか。ただの邪推だが。実際、長寿を考えると多くの男性等、一部が貰い損を蒙らなければ年金制度そのものによって年金の構造を支えることは出来ないのだろう。

そもそも人口が増えることを想定して作られたものだと聞いたことがある。これからは人口が減るのだから、少数で多数を支えざるを得ない。だから、年金自体は自分で自分を支えられるような構造にしておきたいのだろうか、と思ったりする。それでも、やはり非正規雇用者が増えるということは更生年金が貰えず、あるいは国民年金を払う余裕も無く、生活保護を貰わざるを得ない人口を増やし、結果的に国民年金を徴収する以上に国庫を圧迫させてしまうような気もする。

無論、無い袖を振ることは出来ないのだが、じゃあ、現制度のままで良いのかというと疑問である。なるべく損を出さないように給付年齢を上げて、死ぬ人には死んで貰えば、その人に払われた分は長寿になってしまう人に回せるだろう。けど、そもそも貰えないのだから払わないのか、払えないから免除するような状態なら、回す分が減るだけになると思う。

私の認識では国民年金を払わないか免除か猶予でもしておかなければ、障害を負った際に障害年金が貰えないなど困る事態に陥るから備えて払っておけ、という状態である。無知な人は知らずに免除手続きすら行わず、障害を負っていても障害年金が貰えなくなったりしてしまうだろう。

無知さが悪いとは私は思わない。例えば知的障害を負った人がそういう社会の仕組みに気付けるのだろうか。役所での煩雑な手続きや通う手間を考えると利用に際して弱者に優しく無いと感じられてしまう。人によっては役所自体に行けずに苦しむのではないだろうか・・・。

孤独が恐ろしいのは、見当識を失った場合と、体力を失った場合である。寂しさの問題もあるが、それよりは直接的に死に直面せざるを得ないために恐ろしいのだ。若い内、運が良い内は良いが、弱り生体の機能が侵されて行く毎に、この手の問題は意識に上ってくると感じられる。

そうしたある程度の人に不可避な現実となると想定できる事態に対して、スマートに処理できる仕組みの構築は不可避だと思う。で無ければ苦しみの中に悶え死ねという感じだろう。そのような悲劇的な死が多くなったとしても可哀想な他人事として日々のニュースの陰に無関心の内に埋もれて忘れられていくかもしれない。

生活していると日々物価が高騰しているのを感じる。それに対して、受け取れるお金は同じで、このままなら何れ生活はままならなくなるだろう。100円だったものが200円になるような将来があるのだろうか。それで破綻するのは脆弱な人間からだ。エンゲル係数が高いほど消費税の加算が辛くなる。平等や公平という名を騙った暴力だと思う。

危機感は持っていても、身動きは取れない。