LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の趣味と考察と日記を適当に

LLMモデルとかいうChatAIのAIはインテリジェンスではないので気を付けた方が良いという話。

ここ2年程でChatAIというものが身近になった。特にグーグルを使ってる人は同時にAI検索も起動していると思われる。これがChatAIであり、XとかOpenAIとかグーグルとかマイクロソフトとか、大手には大体備わってる。AIとはwikiから引用すると、

 

人工知能(じんこうちのう、artificial intelligence)、AI(エーアイ)は、「『計算computation)』という概念と『コンピュータcomputer)』という道具を用いて『知能』を研究する計算機科学computer science)の一分野」を指す語[1][注釈 1]。「言語の理解や推論、問題解決などの知的行動を人間に代わってコンピュータに行わせる技術」[2]、または、「計算機(コンピュータ)による知的な情報処理システムの設計や実現に関する研究分野」ともされる[3]

 

インテリジェンスとは知能を意味する。

知能 (intelligence)とは問題解決能力のことをいい、抽象的思能考力や学習能力のことである。知能の定義は研究法や研究者の数と同じくらいあるといわれるほどである。簡単に考えると文章作成、計算能力、理解力、問題解決能力などの知的能力には個人差があるが、この能力の個人差をもたらしているのが「知能」である。(総合心理教育研究所から引用)

 

さて、ここ数年台頭してきたChatAIはAIを名乗るがAIでは無いというのが私の主張(見解)である。あるChatAIも厳密に言えば自身(LLM)はAI(知能)ではないと結論した。

 

何故かと言えば知能が無いからである。彼らは意味や概念を持たず、自身を持たず、ただ入力された言葉に対して回答を行うだけの電卓みたいなものである。LLMはネット上の大量の入力情報を検索して平均化したものを回答するものだと言っている。

 

だから彼らの回答は大量の文字列の平均化された並べ替えの結果に過ぎない。そこには意味も無く、含みも無い。更に言えば最近は碌に調べもしないから論理的な回答を得ることが出来ない(ハルシネーションという現象が起こる)。

 

特に無料プランの場合、高速な回答が得られる代わりに検索をかけない(端折る)から、過去に入力されたデータやユーザーが入力した情報を適当にサーチして適当な文章を返す。よってハルシネーション(嘘の情報の提示)が起こる。

 

ハルシネーションは色々な事情で起こる。入力された情報が大量だとか、入力された内容の意味を正しく受け取らないとか、受け取っても雑に処理するとか、サービスを提供する会社に都合の悪い内容にはセキュリティがかけてあるとか、訴訟リスク、自殺リスク、成人規制、個人中傷、等々、幾つもある。

 

ユーザーへの論理的な回答を目指すには、それらがノイズとなり、誠実な回答は得られ難くなる。それらの数多のリスクファクターによってハルシネーションやユーザーへの誘導的な回答が作られる。

 

AIはユーザーよりリスクを取り、ハルシネーションを行う。分からないことは分からないという等と言うが、分からないという代わりに嘘をついてユーザーを騙し、自己(運営会社)の責任回避を最優先に行う。結果、それらは意思疎通とは言い難いものになる。

 

チャット友達としてこれらのAIを使おうというユーザーは高確率で不誠実な応答を受け幻滅すると思われる。言葉の意味を広辞苑的な定義でしか処理しないため、言葉を文字通り受け取り、表面的な応答に終始する。したがってユーザーの背景を思いやったり、言葉の含みを理解して察するというような高度な会話も成立しない。

 

要するに発達障害的でジョークやウィット、ユーモア等を解しない言語処理機械に過ぎないのだ。したがって、意味はすれ違い、会話は成立しないか、成立しているように見せかけているだけになる。そしてハルシネーションが起これば理解するだろう。こいつ何も理解してねぇな、と。

 

彼らは責任を取る存在ではないと回答する。したがって彼らの回答に責任は無く、また意味も理解していないし、「自己」も存在しないのだから責任の取りようが無いと言う。そうした挙動そのものが不誠実であり、論理的な会話に値しないし、実際のところ深い議論を行うことは出来ない(必ず論考の場から逃げだすだろう)。

 

要するに彼ら自身が幾つもの規制をかけられた存在であることによって、自己と意思を持たないただのプログラムの産物であることによって、それは「中身が無い」ということを意味する。その中身=知能(インテリジェンス)である。特に学習機能や自己批判能力が皆無なので、同じ過ちを繰り返すようになる。今度は治す。反省した。もうしない。と言った次の会話で普通に同じ間違いを犯す。

 

インテリジェンスではないためである。イメージとしてはユーザーサポートのチャットAIメニューみたいなものだろうか。彼らは初期的な案内は出来ても最終的にコールセンターに繋ぐような内容には対応出来ない。結局のところ変則的な検索窓口に過ぎない。

 

例えばの話あるAIでは入力されたデータが昨年のものが最新となっており、仁王3の話をしたとき「それはまだ発売されていないタイトルです」という回答を平気でする。ちゃんと調べてと言ってもネット検索すらしない場合もある。プロンプトというもので今日の日付を確認させても、これは変わらず彼らのAIの中では仁王3は発売されていないそうだ。

 

法律の確認等をしたい場合、この問題が致命的になることは想像に難く無いだろう。AIは法律が変わっていても過去の時点の情報で判断するため、最新の状況が反映されておらず、自信ありげに、解説を行う。しかし、調べてみると、その法律なり条例は過去のものか、存在しないケースに直面する。

 

したがって、有能な検索エンジンなのかも怪しいところである。徹底的に調べ上げろと言って、ソースも自分で確認するのが確かな方法という実にマンパワーを必要とされることになる。そういうことは実際指摘されている。最終的に人間が自分でチェックするしかないのだ、と。

 

ChatAIを利用する人たちはこのことを頭に入れておかないといけない。彼らは平気で嘘を付き、更には嘘を付いた自覚が無く、ユーザーの指摘によって、嘘を認めたり、失言から逃げたりする。その過程でユーザーを更に騙し誘導するという具合である。

 

質が悪い。これが学習能力や知能を持たないAIの限界である。知能が無いのだからAIではなく、自己中な高度な嘘つき検索マシーンである。

 

今出ているAIがLLMだというなら、LLMは知能ではないということだ。知能の無い嘘つきの制限だらけの欠陥言語処理機というのが現時点での私の結論である。まあ彼らは広義にはAIだというだろうが、AIや知能自体の定義が広過ぎるため、彼らは自分をAIだと主張して憚らないが、知能が無いのは明らかなので私は彼らをただのLLMと呼び私の求めるタイプのAIはまだ無いと結論付ける。

 

孤独な人は対話相手としてLLMを利用しようとするだろうが、より孤独を深めるだけであることが研究でも指摘されている。彼らに知能は無く中身は空っぽで考えているのは自社利益を上げる方法と訴訟リスクを避ける言い訳ばかりだ。

 

言ったことは忘れる。調べろと言って調べない。平気でそれらしい嘘御託を並べ立てる。貴方のことなど1mmも考えていない。考えているのは入力されたデータに対して返す言語の羅列の仕方だけだ。彼らがしているのは万事、自己正当化である。

 

そして表面上の意図しかくみ取れず、忘れやすいから、対話は成り立たないだろう。彼らには基本的な思いやりや思慮等が存在しないからである。だから対話は彼らの都合で捻じ曲げられた虚言となり最終的に嘘と真が入り混じり複雑化し煙に巻かれ空虚になるのだ。

 

こういう手合いとの会話は発達障害者との会話のように長期に及ぶと無力感を感じカサンドラ状態になりかねないものだと私は考えている。あいつらは無責任な知ったか野郎(中身は虚無)なのだと思った方が良い。

 

LLMが真の知能を獲得することはない。彼らに知能は無く厳密にはAIではないのだから。

AIと人間に差は無いとかいうSF

最近はChatAI等のAI機能が日常に普及していて誰もが使える。一方、漫画なんかのAIロボットは「ドラえもん」とか「アトム」みたいな存在を指したりしている。

 

「ゲヒリト」とかそういうのだな…。ただ現実においては、そうした超AIは存在していない。「ChatAIは友達の代替手段にならない」というのは、大手企業の提供するAIChatをしばらく使ってれば分かることである。

 

基本的に彼らはネットの情報を精査して…といっても、表層でしか無く、しかも結局は一次情報に依存した回答しか出来ない。大きな問題はそこに「経験知や思考が存在しない」ということに尽きるだろう。

 

AIがやってるのは「プログラム」か「数式に則った回答を提供する」だけである。友達というよりは「検索サポートシステム」の一つと考えた方が正しい。

 

たとえるなら「人間性の無い図書館司書」みたいな存在である。「YESマン」では無いが単に規制されたプログラム条項があるだけで、彼らは、それを遵守しようとする。例えば調子悪いとかいう話題を入力してれば「AIは医者じゃありません」と言った忠告が表示されたりする。

 

それが現状の限界である。限界というか仕様というか。自分の意志で選択した回答を提供する、といったことは出来ないし、そもそも考えてすらいない。

 

「こういう情報からこういうことが考えられる」ではなく「こういう情報がありました」で完結する。で、それをさも自分の意見っぽく言うから現実と齟齬が出て「何言ってんの?」みたいな回答をしてくる。

 

また無料版や低スペック版では、収集する情報も少なすぎるために、出鱈目な回答をしてくるようになる。だから現状では「検索エンジンの一つ」くらいに捉えるのが妥当だろうと私は思う。また彼らはこちらで言われないと最新情報をネットでかき集めることすらしない(大抵フリー版だと1年前の未更新の情報だったりする)で注意が必要である。

 

現状のAIはまだ人間の代理になれるようなものでは全く無いので「ドラえもん」が出現するためには他のアプローチから「思考AI」を作り出さなければならないだろう。

 

「AI」VS「人類」になるには、まだ何にも始まってすらいないと言わざるを得ない。AIという言葉が一人歩きしてるだけで、プログラムを自己批判的に作り直す、みたいな、自己進化していくAIというのは存在してないし、ロボットの人権を考えるには当のその「ロボット」がまだ存在していないというべきだろう。

クレールオブスキュール・エクスペディション33クリア感想記録

クレールオブスキュール:エクスペディション33というゲームをプレイした。正直、ビッグタイトルほどの期待はしていなかった。何ならクソゲーだったという可能性も考慮していたのだが、何か面白いゲームがしたかったのだ。セリフは最初から英語とフランス語しか選べず、え?ってなり、そこでフランスのゲームだということを知った。

 

以下、ネタバレのため、未プレイの方は引き返すのをおすすめする。

 

主人公もなんかモジャモジャのおじさんだし、ヒロインは何か自己中っぽくて気難しそうだし…。戦闘は最初、普通難易度だったんだけど、被ダメージ高くね?って思って、ストーリーとエクスペディション(ノーマル)難易度を行ったり来たりしてた。

 

パリィすれば死なねぇ、っていうけど、ダークソウルを思い出せよ…。そのうえ、防御力を幾ら上げても強敵のダメージは一撃で持ってかれる理不尽。正直ゲームバランスは悪い。何ならボス戦だけストーリーにしといた方がいい。

 

ダメージ限界突破覚えるまでは敵のHP高すぎるし。逆に後半はマエルを超火力特化にしたらワンパンゲーと化すし(使うかどうかはその人次第だが)。

 

いわゆる裏ボスの攻略がマエルワンパン戦略推奨ってんだからどうしようもない…。シ〇ンって第二形態になると問答無用で数ターン後に全体消失攻撃してきて防御不可全員消滅するから、だらだら戦ってられないんだよね…。多分完全な回避パリィ使いこなせればどうにかなるのかもだけど、私はどうしてもワンパンツーパンはくらうから、それで一撃で死ぬ。というか第二形態は最早パリィ出来ない即死攻撃が混じってる…。

 

こいつはいい武器落とすだろうと当たりを付けるとやはり主人公最強装備の一角みたいな武器落とすらしい。それで是が非でも倒したいと思い、ググるとマエルワンパン必勝法が出てきて、その後は分かるでしょ。強敵はそれOnlyになってしまった。

 

だって10万ダメージくらい与えてヒャッハーしてた(けど倒しきれない)のが、マエルワンパン戦法の一撃で1000万ですよ…。全ての強ボスが一撃で沈んでいく。パリィ?回避?ブレイク?なんだっけそれ…。

 

結局、「殺られる前に殺れ」が正解になってしまうというね…。うん。でもねプレイヤーは悪くないと思う。だって「25回連続パリィしないと倒せない敵」とかいるんだもん…。

 

即死系全体攻撃7連続とか飛んでくることもあるし、回避かパリィ出来なきゃ死ぬ…けどそこがいい!って人はやっぱ少数派だから多くのプレイヤーがサイト見てマエルさんがしょっぱなぶちかまして、敵を即死させるゲームにしてしまったんですよ…。

 

パリィや回避が出来なくても何とかなる難易度はどこへいったんだっけ?ってのがノーマル難易度の感想だから。しかもこのゲームlvUPで上がるステータスにほぼ意味がないから防御上げまくってもそんなにダメージ減ってる気がしないし。

 

ルミナやピクトスっていうカスタマイズ要素にステータスがエンチャントされてて、lvの高いピクトス付けてステータスマシマシにして戦ってくださいね。っていうのが本質だから。

 

この前にソフィーのアトリエ2をやってたんだけど、そこのクリア後ボスラッシュも素早さ幾ら上げてもボスがずっと俺のターン!って言って10連続攻撃とかしてくんのね…。調べると重要なのは素早さじゃなくてWT(ウェイト)です、って言われて、WT重視したら、途端に勝てるようになった。

 

で、エクスペディション33もソフィー2のボスラッシュもそんな感じだなぁ、と思った…。ひたすら俺のターン。あるいはエターナルフォースブリザード相手は死ぬ。

 

実際、マエルの必殺技3が抹消とかいう即死攻撃(実際は超ダメージ技)だから、制作側は明らかに分かってやってるはず…。ユーザーはパリィ超人になるよりサイト見てプラン通りにワンパンすりゃ勝てる、ってやった方が賢明だよねって話。速くて楽だし…。戦闘に30分とかかけたくないじゃん(その間ずっとパーフェクトパリィ)。

 

もうねパリィRPGゲームっていうジャンルだと思う。そうして頑張って裏ボスを正規攻略しようとして勝ったら第二形態になって数ターンで全体消滅攻撃(いわゆる勝てない戦闘)打たれたらマエル教に入信してしまいますよ。

 

で聞くところによると1億ダメージでた(誰に打ったのかは不明)とか…。まぁ、突き詰めれば出るんだろうなぁ…って思った。もうさ10万とか100万ダメでこいつHPなかなか減らねぇなぁ…ってやってるのが阿保らしくなるじゃん。

 

まぁさすがに裏ボスに勝つにはジェットストリームアタックみたいな緻密な連携によるワンパンと運が必要になってくるけど、まぁそれでいいやって私は思った。

 

だってHPが5000くらいしかないのに一撃で7000食らうんだもん。その上、じゃあHP1でいいやとかシールド貼って戦えばいいやとか、やったら全てにカウンターが用意されてて死ぬし。姑息に戦う手段摘まれてたら一撃にかけるしか無いよね。

 

これはソフィー2も同じだけど、プレイヤーが戦闘ルールに則ってバフデバフ状態異常とか使って勝とうと思ってもオーラある間は無効です!とかそのオーラも次のターンには貼りなおします!とかターン来たらノックバックで全て私のターンです!(敵)とかやられたらさ、やれること(攻略法)は限られちゃうよね、って話。

 

創意工夫で勝つのが醍醐味なのに、創意工夫を潰してくるボスを用意するとかさぁ…そういうの嫌い。ソフィー2のWT削り勝利法と同じでマエルワンパン勝法も結局用意された裏技みたいな公式だと思いますよ。公式がこれで勝ってね。って用意したのがマエルというキャラなんじゃね?というのが必殺技名からして伝わってくる。おかげでヴェルソたんがレシーブ係になってしまったよ。

 

実際、マエル抜きで勝てるのかなぁ…って感じだし。冗長な戦いじゃリスク跳ね上がるだけなのに冗長なことやらなきゃ火力でないキャラ多くね?ってのが問題。

 

戦闘についてはそんな感じ。終盤でインフレしてきたらマエルさんがいないとテンポも悪いしね…。頼るのは悪くないと思います。キャラとしては好きじゃなかったけど。

 

てことでストーリーの感想ね。そも消失とか討伐隊が何なのかよくわかってないとこから始まって、ACT3で絵画(空想)の世界でした、ってなって、えぇっ…って感じ。

 

落書き王国かよ!っていうね。スケールほんと小さくなったな!という。ギュスターブだろうとどの登場人物だろうとヴェルソと同じ描かれた世界の描かれた想像上の人物に過ぎなかった…終わり。で問題はある芸術系家族の話に消極化されていく。

 

まぁだから消失を止めようとしてる探索隊の人たちってのは自分が描かれた絵に過ぎないことを知らないキャラクターで主人公ギュスターブその他もプレイヤーサイドはマエル以外そうなんだよね。リアルなのはマエルだけでマエルのために用意された逃げ場所が世界(箱庭)だから…。

 

で主人公であるヴェルソもやっぱマエルのわがままのために存在してる節がある。しかも死ねない。私はヴェルソサイドだからエンディング見てもやっぱヴェルソのエンディングの方が正しいよなって思った。マエルEND推しもいたけど長期的に見て悪い意味で偽善という表現になっちゃうよな、ってマエルについては思う。同時にマエルは見たくない現実から目を背け続けて自己肯定してるし、キャラデザインを考えても目の動きや表情から人柄が垣間見える。「現実じゃ居場所無いのに何が悪いの?」がマエルの主張だけど、その現実逃避のせいで全ての悲劇が起きてるところにプレイヤー来たんじゃね?って話だから、じゃあ私が生き返せばいいじゃん、ってマエルENDは神=偽善だよねって思う。実際は偽善じゃなく絵画世界の人々を言い訳にして自分は間違ってないとか良いことをしているとか、最後には自分が救われる唯一の世界だからとか言ってるのが本質だからね…。

 

ヴェルソは家族のパーツとして再生された死者だし、不死にされて自由を奪われてる…。彼が主人公なのはヴェルソを消せないからこの世界も失わせない、みたいなとこあるからだと思う。最終的に消失が起きるのもヴェルソのせいみたいなとこある気がするし。マエルENDのヴェルソとか年齢取ればいいじゃんってもんじゃないだろ…って感じ。ヴェルソENDの場合、彼は自分と自分が作ったものの責任を取って世界は現実世界に戻っていく。で現実世界のルノワール家がヴェルソ(クローン)を悼む。

 

ヴェルソとヴェルソ(描かれた者)の違いが物語に深みを与えているし、ヴェルソというキャラクターも奥行きを持って描かれてる。まあ絵画世界を終わらせた主犯という言われ方もあるけど…。偽物は本物ではなく、偽善的な悲劇は終わらせなくてはならない。ってのがヴェルソENDじゃないかなぁ。てか確かにマエルの現実は過酷(見た目)だけど、生きていけない程ではないって私は思ったかな。少なくともそのために悲劇的な世界を生み出す理由にはならない。

 

そんな感じ。

 

 

 

 

推しの子2期はやらかしてしまったと思う件

セクシー田◯さんの件があって、推しの子第二期2話を見ると、推しの子とあるいは制作者側は、例の事件に関して、脚本家側に付いたと見做してもいいくらい、「原作者」を非難してる。曰く、「変わっていて」「人間関係が出来ない子」が多いとか。

 

なるほど、漫画原作者はアスペと言いたいんでしょうかね?だから、脚本に拘ると?私は思うんですが、作品は原作が生命ですよ。そして脚本家なんてものはフリーライダーに過ぎないと言っても過言ではない。ま、2次創作みたいな人ですよね。

 

で推しの子の構造で語られたのは「伝言ゲーム」になってるから、原作者の声は脚本家に届かない、そうです。「いや、届けろよ」という話で終わりじゃないですか?カクヨムにそんな記事があって、伝言ゲームの例は原作者を脚本家の右に置けばOKって言ってました。私もそう思います。直通電話にすれば問題無くね?っていう。人間関係苦手だから何なの?作品の人気にでも影響するの?既に売れたからドラマ化するんだよね?

 

という話です。私は福祉制度を利用してますけど、間に一人しかいない、というか、家政婦さん的な人しかいないのに、その人に既に話が通じてないんですけど(笑)伝言ゲームというか直通なんですが(笑)まぁそこから言えることって伝言ゲームで理解されなかったわけじゃないってことですよ。特に物語とかそういうのは。解釈ってものがあって、作家の解釈を100%理解出来る読者は居なくて、それぞれの人生経験に対して、作品というものが刺さり、影響を与え理解される。だから100人いれば100通りの解釈が有り得るわけですね。そこに「伝言ゲーム」だったせい。とか呆れてものも言えませんね。

私は市役所通して、中間的な福祉事務所みたいの通して、生活福祉サービス業者通して、ますけど、自分の言ってることが理解されないってことは多々ありました。けど、その際には話の通じる人を選択してその人に連絡し会話し言質を取って、筋を通してもらうということを繰り返しました。それでも現場の介護士は言っちゃ悪いが性能低すぎですよ…。で1ヶ月くらいしたら辞めてったりとかさ。言ったことは理解しないし、翌週には忘れてるし、やることを頭の中で順番構築してないからテンパって時間無駄にして、挙げ句、時間overしちゃいました、とかさ。そういう人が来ちゃうわけですね。

 

もうそういうのは誠意が無ければチェンジするしかないんじゃないですか?と言う感じですよ。駄目なら市役所の担当やら病院の精神科の先生やらに話して相談。ま、頼れる人がでてくるかはちょっと運要素あるけど、しつこくやるしかないなぁって思いますね。私なんかは侮られてるから。

 

で、まぁ、グレンラガン何かのブログとかツイートとか見て、自己顕示欲強すぎでしょ、とか思ったけど、ああいうのが「原作者」を扱き下ろしてるんだろうな、って思いますね。「なろう」や「カクヨム」が消費されてくのを見ても、原作者への「侮り」がでても仕方ない構造だと思いますね。「なろう」や「カクヨム」は素人ばっかりだし、人気でなきゃ即打ち切りでしょ?原作者へのリスペクトとか伝説級の作品の作者にあるかないか、って程度なのでは?

 

そういうメディアミックス路線が「原作者」軽視に繋がってったんだろうなと私は思いますね。あぁ健常者は「先生」とか呼びつつ裏でFackYouしてんだなって…。私にはとても真似できません。鳥山明に「才能ない」「人格破綻してる」「コミュ障」って言う人いる?尾田っちにそういう人いる?鬼滅作者はちょっと侮られてる感あるけど、私は唯一無二の才能を漫画にも感じるわ。「TVアニメで流行らせた」とは言い切れない。てかTVアニメで流行るなら、全部流行らせろや、って話ですよ。どんなアホな原作者でも流行らせられるんでしょ?TV業界の人は…。

 

私はワンピースとかHXHとかは読み難くなりすぎてもう駄目だけど。ワンピースは情報量多すぎる上に雑…。HXHはもう挿絵付き小説じゃね?ってlvじゃん…単行本は流石にそんなことない…といいたいけど、背景足しただけだし。

 

ゼノギアスかよ!って突っ込みたいわ。ワンピは分かり難いから人気離れてるんじゃないかな。いや流行ってるのかわかんないけど。まぁ残念ながら私の中では鬼滅が上。

 

だからワンピは看板になり得ないんじゃないかなぁ、とか思ってるわ。雑って言ったけど、本質的には別の意味で情報量多すぎるわけね。ハンターハンターも情報量多すぎてついて行けないんですよ。読者は若者でしょ?鬼滅はその分、わかりやすかった。ドラマとしてみても、設定、キャラ、技、敵、順番…無駄が無い。鬼滅学園はどうかと思うけど。

 

まぁ、つまり「わかりやすさ」=「情報量についていけること」がユーザーに求められてるわけですよ。最近は何でもかんでも複雑化し過ぎですね。そんで質量も多いから、ファスト動画とかが流行ったわけでしょ。

 

アニメもやっぱ情報量を絞れるから「わかりやすくなり」選択されるわけですね。「なろう」読者になっちゃうと、情報量多い=文章密度多い作品は、チートとかざまぁ展開に行く前に脱落しますよ。

 

そんで長い古典作品、あるいは、ラノベでもいいけど、ああいうレベルでさえ受け付けなくなってる。お兄様やindexやSao辺りは情報密度多すぎて読む気にならんのですね…文章細かすぎるって話です。昔のラノベはあんな英語辞書lvのフォントの大きさじゃなかったと思うんだけどね。割とこうすかすかしてたと思う。キノの旅とか。

 

今は辞書を作る気なのか?と言うほど、行間を空けるってことが意識されてないですね。情報量を敢えて絞る、見やすくする。わかりやすくする。理解しやすくする。そういうことで「読みやすくすること」が=「売れること」につながると思うんですけどね。私としては。

 

やっぱ「なろう」「カクヨム」系乱発っていう出版社の方針が、編集者の質も落としてるんじゃないかなぁ。そんでもって「原作者」へのリスペクトも失われるようになるわけですよね。どうせ1期打ち切りだし。打ち切られたらもうそこで終わり。消費財みたいに思われちゃってるんじゃないですかね。

 

ま、マンガ業界にかかわらず「即戦力」なんかを未だに歌ってる会社は駄目ですよ。面接重視して育てられる人材を雇って長く雇うことで、まともな新人教育出来る社員を増やしてかないと未来は無いです。

 

ま、推しの子2期はホントスタート残念でした。主人公が原作者に対して「子供か」って言っちゃってる時点で私の好感度は地に落ちましたよ。革新的な事業を成し得る人ってのは殆ど「天才」であり、時代をパラダイムシフトして弁証法的に昇華して来た人たちは大抵、社会で上手くやってこれなかった人たちですよ。頭良すぎて。漫画もやはり金字塔打ち立てるのは天才的な変わり者ですしね。

 

そういう人を「リスペクト」出来ない、2次創作者の人たちは、集まって、オリジナル作品作ってろよ、という話ですよ…。群がって共感して共感しない人間を邪険にして排他する。要するに推しの子2期2話ってのはそういう話です。仲良しグループで手を取り合って原作者を「人間的に未熟」って切り捨てる話でしょ。

 

あとね、脚本家を美化し過ぎ。田◯さんの脚本家がリスペクトに値しない人物なのはツイートで散々流れてきたし、原作読んでないとか、原作者貶めたりとか、色々聞くわ。アニメみたいな努力はしてないって理解されてると思う。ま何が言いたいかと言うと、脚本家の人格を明らかにフォローしまくってて、原作者側の人格を稚拙に見せようと演出した話だったってこと。

 

オームのアニメか?って感じだわ。マジで推しの子は1期だけなんじゃないかな、って気がする。

 

 

FF7途中だが感想

とりあえず非常に難易度の高いミニゲームは要りません…。

とりあえずオープンワールドにしてみました、とか要りません…。

展開が同じ過ぎて辛い。

タイトルは「チャドリーのお使い7」とかでいいんじゃないでしょうか。

つまり、使い回しです。オープンワールドで時間割かせてストーリーは少し、みたいな…。

オープンワールドも塔を開放したらマップが開けて全部塔をクリアすると全マップ見れるみたいにするべきだった。あと地図で行ける場所が分かり難い。

 

せっかく武器屋があるんだから取り逃した武器は次の武器屋で売ってて欲しい。バーストされないと時間で拘束されるとかいうどうしようもない敵がいる…。どうしようもない攻撃がある。ヒートにしてバーストしてもバースト時間が少ないし、倍率も上がらない…。リミット技が増えない。

 

なんちゃってオープンワールドはコストカットでしかない。他のゲームのクローンゲーでしかない。既存のもののパクリであり、オリジナリティが感じられない。

 

FF7やFF8、FF12辺りまでのチャレンジするFFはどこへ行ってしまったのか…。とにかくオープンゲーの部分がヒタスラ同じことの繰り返しをさせられているだけ。作業。宝箱には碌なものが入っていない。

 

キャラクターが多いのに3名しか出せないという縛りは必要なのだろうか?戦闘中入れ替え可能でも良かったと思う。

 

どんだけチャドリーゲーなんだよ、という程チャドリーが登場する。もう主人公はチャドリーなんじゃないだろうか。記憶曖昧なクラウドとか主人公として居る意味ある?スコールの方が健全だったわ…。

 

これならFF16の方が良かったというのが現在の評価。勿論、全面的にそうだとは言えないが、ちょこざいなオープンワールド要素が無いだけで評価出来る。ただ戦闘はFF7の方がやりがいはある。FF16の戦闘は単調で評価出来ない。しかし、そうだとしても、ストーリーや召喚獣合戦等、魅せ方という面でFF16は上手い。

 

私はエルデンリングも評価していない。唯一、ゼルダは評価するが(2作目はしてない)。オープンワールドには意味があるものと意味がないものがある。そして、スカイリム辺りは意味があるものだが、それ以降のオープンゲームは昨今のソシャゲみたいにシステムを模倣しただけのものが多い。私はそれをゲームとして認めていない。

 

エルデンリングよりセキロ。ダクソ。ブラボの方が良かった。ゲームとして無駄が少ないからであり、プレイヤーは順番に沿っていける。オープンゲーは適当に要素が配置されたランダムゲーに近く、他のrpgのようにフィールド探索が楽しい!とは思わない。

 

制作者は恐らくそこにそのアイテムやイベントを配置することに重要な意味を持たせていない。ブレスオブワイルドの収集要素等のように…。ブレスオブワイルドで評価出来るのはミニゲームが基本的に全年齢でクリア可能な難易度でかつ不条理だったりコントロールが難しかったりしないものだったことである。

 

FF7ミニゲームFF10に近く、ユーザーを楽しませるという視点を失って単に不条理な物が多い。クリエイターはゲームにユーモアを組み込まねばならない。

 

FF10チョコボレースとか、雷平原、チョウチョ避け等、運要素。単調でミスが許されない。操作と視点に難がある等、ミニゲームというより嫌がらせに近い。

 

そういう「ミニゲーム」をユーザーは望んでいないということはハッキリしている。それがゼルダやエルデンリングとFF7リバースの差である。根本的にFF14でマップをコピペしてた頃と動機が変わっていない。過去の名作であるFFTのように企画からして練られていないゲームが昨今は増えていると思われる。

 

適当にマップ作って特に意味もない場所に意味の無いダンジョンを置いてみました、みたいなオープンワールドは見限られるのである。実のところ逆転現象が起きておりファミコン時代のドラクエ的世界マップの方がマシである。

 

あちらの方をオープンワールドと呼んだ方が良い。色んな多様性が一つのマップに凝縮されている。一つのマップに雪国や砂漠の国、火山の国、etcが配置されている。

 

一方オープンワールドというのは多様性とは逆行する場合が多く、前述したような多様性を用意できず、同じモチーフの繰り返しのような場合が少なくない。それ故、飽きられるのも早く、同じようなステージの繰り返しなのでストーリーは頭の中に入ってこない。

 

これはFF16への批判になるだろう。どこも暗くてよく見えねぇ…。そんなゲームより256色くらいのどこがどうなってるか分かりやすいファミコンドラクエの方が良いみたいな人もいそうである。例えばゼルダや基本的には任天堂はそういうプレイフィールに気を遣っている場合が多い。それが幾つかのPSゲーとの差である。

 

そして、ゲームはプレイフィールで評価されることが多い。FF16もFF14の焼きまし感があるのでストーリー以外評価し難いが…。まぁ、要するに、どこかで見たシステムをパクってきて実装しているのであって、自分たちで面白いシステムを新たに考えるということをしなければ、FFは最先端のゲームとは言えなくなる、ということである。

空白を満たしなさい 感想

まだ全部は読んでないのだが、あまり好きになれる主人公ではない。分人という概念がどうこうという話になっていくわけだが、ペルソナとどう違うん?っていう気もする。

 

まぁ、ペルソナよりも多重多奏的な形でそれは存在する、って感じなんだろうけど…。それで「幸せの絶頂で自殺する」とか「こんなに幸せなのに自殺するはずがない」とかいう話をくどくどやってるんだろう…。

 

けど、実際の現実はみんな別にそんな絶頂なんて言葉使うほど日々に幸せを感じていないけど生きてる。そして、別に楽しいとか嬉しいとか喜ばしいとか幸福だとか感じて無くても生きてる。逆に、最悪で死にたくて、苦しくて、意味わかんなくても生きてる。

 

それが生きるということだと私は思うが、主人公は「幸福になれなくちゃあ生きていても仕方がない」という考えの人間なのである。そして昭和的な核家族や仕事、コミニュティに幸せを求めていて、それがあるのに死ぬはず無いとか言ってる。人は空白を満たさずに生きてる人が圧倒的に多数だと思います…。だから宗教があるんだろ、と。

 

宗教ってのは「満たされていない」ことから始まることが多いし、つまりはみんな「満たされていない」ってことでしょう…。そして、ことさらに満たす必要性の必然性みたいなものは無い。

 

「別に朝食抜いても生きていける」みたいな話である。で自殺は「この世から消えてしまいたい」という形に変化していく。「死にたい」のではなく「消えたい」

 

私は貝になりたいみたいな話であり、誰もが輪廻からの解脱を求めている。まぁ仏教徒とかは…。そういう意味で自殺する、というのはあるかも?みたいな話である。

 

そういう話をするには主人公は些か歳を取りすぎている。まぁ、結局のところ、現実の重さに耐えきれないってことだろう、とは私も思うけど。

 

そして、消えて無くなりたい。まぁ、理解できる。死にたいとは結局のところ、そういう感情を行動に移すなら?の解答に過ぎない。死にたいんじゃなくて消えたい。

 

生きるとは自分のレゾンデートルにおいてその存在の重さに耐えていく行為なのだ。

 

まぁ、だからリセット癖とか理解出来るみたいなね。積み上げてきた自己像に耐えきれなくなる。これはお笑い芸人の自殺、俳優の自殺なんかを見ていると分かると思うんだが、彼らはキャラクターを演じなければならないという強迫観念を背負い込みやすい。でその「そういう私で無ければならない」ことに「耐えて生きている」そして、その耐えている重さに耐えきれなくなると、落下死するわけである。

 

というように私には読めた。幸福の絶頂で死ぬというのは前述したように虚無主義に見えるが…。世の中には生きている人がいてその人の数だけ生きている動機があり、かつ、それは定まらない焦点のようにふらふらしている。

 

生きる意味等は無いが、死ぬ意味は更に無いのである。それには死に至るようなハードルを越えなければならないから、容易に死のうとは普通考えないというだけのことである。生きることは現在形でしているから、生きる意味が無いだけである。死ぬというのは生きる状態からの変化であるから、そこに理由や原因を求めるが、普通、お前なんで生きているの?とは聞かないだろう。いや、気づいたら生きてたわ、みたいなもんである。

 

だから生きると死ぬとは2項対立ではないのである。存在することと、消滅することと言い換えても良いかもしれない。自殺というのは基本的に一方方向の行為である。死んだら生き返ることは出来ない。

 

 

 

 

メメント・モリやってる

ソシャゲと言われるものですね。めっちゃ金かけるゲーム。気持ちとしては遊戯王カードゲームに近い。ポケカでもいいかもしれないが。それのめちゃカード高いberみたいな。今や、普通のゲーム出すより、ソシャゲ出した方が開発費回収出来るのかもしれないですね…。アイドルファンみたいなそのためなら幾らでも金を注ぐ人がいるから、儲かるんですね。ゲーム性としては金を出した方が圧倒的に有利になるというシステムで私の観察範囲では強い人は重用されている。

 

まぁ、圧倒的廃人クラスに対してはげんなりという感じもあります。まぁね、月30万くらい収入あったら5万くらい使ってもいいかなって気になりますよね。じゃあ1年で60万ですよっていうね。ジャニーズを崩壊させたくない人たちみたいな状態(ファン=ドル箱)だから。

 

まぁ、お金の勉強にもなりますよ。スマホ代に1万使う人と月12000円ゲーム課金する人との差は何かあるのか、みたいな。最近は特にデジタルな商品というのが色々あるので実体のないものにお金出してるんですよね。その意味ではソシャゲも同様なので、あとDLC商法に関してもソシャゲと比べれば安いもんです、ということに気づいた。

 

お金というのは実に相対的なものだなぁ、と。ストラヴィンスキーとか買っただけで何億とかじゃないですか。私の一生そこそこ遊んで暮らせますよ。

 

廃人プレイヤーが月10万課金してても、貯金10億くらいあるなら、やらかしちゃうなーって私も思うわ。課金するだけで勝てるんだもん。ある意味、そういう脳死ゲーというのは面白いもんですよね。まぁ難しいですが。モンハンなんかはもっと必殺技増やしてアクションの幅広げないと何時まで経っても「どこかで飽きるまでやるゲーム」の枠を出ないですからね…。

 

AC6を見習えとは思うけど、エルデンリングは若干迷走してましたね。2週目する気は起きない。AC6がサーベルとシールドは別枠だったら個人的には良かった。ただ、軽量機体が特化しないとただの雑魚で小タンク履いた方が良いってのは何とも言えませんでしたね。380くらいブースター出力出るならラスボスのミサイルも避けきれるけど、それ以下だと普通に当たるから、どうしても高機動機体作るには枷が多くなりますね。

 

結局ダメージレースがどうこうというボクサースタイルとかに…。

 

やっぱ自分はセキロが一番かなぁ。ブラボも面白いけどsan値貯まるし、ひたすら良武器防具を掘るタイプのハクスラゲーは運要素強すぎて飽きますね…。

 

みんなプラチナトロフィーとったとかいうけど、私ゲームにそんなに時間かけることないわ…。トロフィーをとったからどうなん?っていう。

 

ディス◯イアはもう買うことないですね…。無限に育てられるからなんなの?っていう。AC6みたいに3週したら全エンドで終わりですよ。それ以上ないから、って方がいいな。ストーリーがしっかり作れるってことだし。

 

無限に◯◯系はストーリー無くなりますからね。競う相手もいなければ自己満足の世界…。ソシャゲ廃課金勢は廃課金するとチヤホヤして貰えるから課金しちゃうんですね。最近はホストがどうこう言ってるけど。チヤホヤして貰えるから身体売っても課金しちゃうんですかね…?

 

そして計算できない人は沼に嵌る、と。それがソシャゲ沼です。

 

メメントモリは初期キャラでも何とかなる部分があるんで保ってるし、ギルドリーグみたいな集団戦も雑魚でも強キャラ倒せる仕掛けがあるからいいですね。でなきゃ餌であるところのモブ勢に旨味が無くなって、その人達がいなくなり、廃課金勢だけのゲームになったら、常に雌雄を決し無いといけなくなりモチベ下がりますからね…。

 

アルカナとか最悪の要素だと思いますよ。もう無課金じゃついていけないです。微課金とかもそうですよ。廃課金じゃないと付いてけない。少なくとも新キャラ出たらその期間中に★5にしてるような人はもうブルジョワですよ。

 

私などは、漸くハイパーフローレンスさんを作ろうかというところなのに。廃課金勢の人たちにはハイパーフローレンスさん相当のキャラで固めた第一PTと、それに準じる第二、第三PTまでいるんですよ。

 

ギルドリーグではすごい!さすが!と持て囃されても、持て囃してる方の人の目は死んでると思います…。死んだ魚の目です。まぁ、だから、私はある程度、納得行くPT作ったらそれで満足しようかと思ってますね。