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LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

前頭葉の血流

だいたい自分がおかしくなっていると感じている頃に、前頭葉の前部や頭頂部付近の違和感を感じることがある。

自律神経失調症を来たした際も同様だったのだが、これは当時かかった医師によると脳の血流不足であるという。

私は麻痺していると思って恐怖に感じたが。

普段血の流れの悪い場所に血流が強く流れると、この症状を来すのでは無いか、とも思える。要は普段、前頭葉の活動が鈍いために、これらの機能を刺激された際に、血流が増えて、麻痺しているかのような違和感を生じるのではないか。

逆説的に考えて、自分はそうした部分が活発に働いていないのだと捉えることもできるのかもしれない。ただ活発に働いた結果、奇異型の行動特性が強く出るのでは困ると思うが。例えば「思考に言葉が溢れて抑えられない」といった現象も前頭葉を活発化させた結果起こるのだとしたら、自分を混乱させる素になるかもしれない。

寝ている子を起こす結果になれば、辛いのは自分だと思う。極端なので寝ている方が良いような気がしてくる。

まぁ、そういう問題はさておき、社会性には前頭葉の寄与が大きいようである。個人的には感情や思考の抑制を司っているように思える。ロボトミーでそれを外して狂うのは論理的帰結というものだろう。個人の倫理を管理していると思われる部位だから。

wikiの記述によれば、前頭葉の完成は25歳程度であるらしい。そこまでは判断力が未熟である。そして、もしかすると恐らくその期間に判断力を養うと前頭葉が開発できるのかもしれない。そういうことを考えてみると面白い。

13歳(自我の完成?)では無理でも25歳(前頭葉の完成)なら自覚的に脳トレ出来るかもしれない。

まぁ、そこを過ぎてしまった人から見ると、これから通る人に対して環境をよくするというのは嫉妬するところでもあるんですよね。自分がもう手遅れなので羨ましいと思う。そして自分が彼らに抜かれる可能性を考えて恐怖する。こうした感情が「出る杭を叩く」風潮に繋がるように思える。

そして同時に環境を整えようと言う意識や環境整備を遅らせてしまう。世の中には愚者の方が多いから民主的に決めていると感情論に流されがちで、多数決を取れば立場の弱い若い人が犠牲にされる可能性が高い。とか、そういう話に繋がる気がする。

プライドや保身が後進の教育を阻害する可能性。それは自分自身にもやはり害があると思うのだが。何といったか「囚人のジレンマ」はそういう話だろうと思う訳である。それが愚かだと口で言いながら実際には保身に走り利益を遠ざける。