自殺サイトの関係する殺人事件が報じられてから、自殺サイトに投稿する人とか、死にたいとSNSで呟く人が取り上げられる。
SNSが構築されてからも、若者の自殺率とか、そういうものに影響は無いとか、ニュースでやっていたけれど。
大凡、死にたいと言う投稿を実名や実名を晒す必要のあるSNSで投稿する人は少ないと思う。そういう投稿を実名でする人はその時点でどこかズレていると私は思う。
助けを求めて死にたいと警告する人がまともな人なら、まず現実の誰かや或いは施設に頼ると思うからだ。
親・学校・先生・友人・市役所・警察・児童相談所…etc。まぁ、掲示板(BBS)に投稿してみる…とかもあるかもしれないが。
匿名の場合は、露呈の仕方は色々と考えられると思う。このブログだったり、ツイッターだったり、他のSNSであったり。
私はインターネットを現実に繋げない…というか、OFF会に出るタイプじゃないから、自分を晒すことはしない。
だから、フェイスブックなんかも利用出来ないんだけど。mixiとかね。私は誘われもしなかったが…。
まあ、当然ながら、匿名のSNSと実名のSNSとは発言する内容は異なるわけだ。
そうすると、実名のSNSでは私は死にたいとか書かないと思う。そういうキャラクターじゃないとか、そうすることで弱さを吐露することで色んな関係性が崩れることを恐れるとか、そういう理由で。
物語では、インターネットで知り合って現実で会うということがよくあるけど、現実にはネットの知り合いと現実で会うのはリスクがあると思う。
まぁ、援助交際とか、ネットで知り合うだけで簡単に何度も会ったりするのかもしれないけれど、実はそれってかなりのリスクを何度も犯しているんじゃないかね…。
大分確率の低いロシアンルーレットを何度も回してる感じ。だから、フェイスブックとかは実名で身元を明らかにして付き合うルールがあるんだと思う。
ほら、毎年10万人が闇の世界に巻き込まれる…的な話。交通事故にあったりね、%の世界では起こるので、くじ引き的に誰か引いちゃってると思う。
「ネト充のススメ」を見ているんですが、ネットで出会って、現実で会うっていう展開は、かなりリスクがある。
まぁ、ネットゲームで相当な関わりを持った相手なら、それほどでも無いのかもしれないが…私なら見限られるとか「ネト充のススメ」の主人公も現実の私を知られたら…(汗)って感じだし。
私なら良い相手と知り合えても、リアルのやり取りで亀裂が走るからな…。必ず、そう。
まあ、当人の地雷度はおいておこう。事件の犯人は「頭のおかしい人」を探していたようだからね。
逆に助けてくれるNPOみたいのもあるみたいなんだけどね…本当に助けてくれるのか、みたいな。
まぁ、とりあえず最寄りの…評判の良い精神科を受診するってのが適当かと私は思うが…。適切な行動に自分を導いてくれる場所に身を託す、とか、教えを請うというか。
ま、どうなんだろうね。自己責任を負ってくれる人を必要としているというかね。イメージ的には、精神科とか役所とか何か然るべく的な公的な相談機関に行かないと、宗教組織に行っちゃうとか…。
ああ…そうだよね。オウムとか。宗教に行っちゃったりもするのか…。民間療法的な…。だから、自殺サイトで「殺してください」とか「一緒に死にましょ」とかもあるのかもしれない…。
精神科もね…あれなところもあったから。個人でやってるところほど、事前にちょっと評判を調べとくと良いと私は思うな。
メンタルクリニック…とか、そういうラフな言葉の方が良いなら、そういう医院に行くとか、まぁ、合う先生を見つけて欲しいと思いますね。心療内科…とか、そういう。
心の病気とか云々より、死にたいとか、辛いとか、そういう気持ちを抱えかねてることを相談しに行くとするなら、そういう場所かな…とか。
そういう場所にケアワーカー/ケースワーカーみたいな人が居て、福祉サービスと繋げてくれたりするかもしれないし。
学校ならスクールカウンセラーがまずいるか…と思ったし、会社なら産業カウンセラーみたいな人がいるのだろうか…。
まぁ、誰かに教えて貰うわけですよ。これからどうしたら良いでしょうか…って。自分にはわからないなら、他人に頼る…と。
洞爺湖か…世界ジオパークっていうらしい。ほほう。
他人に頼るにしても、誰に頼ったら良いか、っていう話でね。それを誤ると、まぁあまり良くない。
まぁ、けどね無慈悲なのは、時には選択の自由が自分に無いとかね…そうすると自分の意志とは関わらずに嫌な場所に行かなければならなくなったりとか…。
まぁ、やっぱり死にたくなるかもしれないのだが…。だから、最終的には自分である程度選べた方が良いのかもしれない。
ま、難しいですよね。自分の居場所がきちんとあって、自分がそこに上手く収まるっていうのは…。
自分の人生を豊かに過ごすために上手いピースが揃っている人もいると思うんですが、まあ、無いというか、寧ろ自分を苦しめるピースがあるから苦しむんだろうと思うんですが…。
そのピースを何とか出来る人もいるんでしょうけどね…まあ、自分が無力な場合もある。
父子の確執とかね。「斜陽」とか、同仕様もない凝り(しこり)みたいのってあると思うんですが。長年の因縁を無くそうと思うんだけど、頑なで無くならない…と。
私とか、人間関係のある場所に落とすと、凝りになりますからね…私みたいのが居るので凝りが凝りのまま残ってしまう…のかもしれないが、私からしても、そういうのが無い場所にいないと、勝手に不幸になるんでっていう。
厄介なのは不適応なのは自分自身という話で、もしかすると他人は何故か適応できていたりしてね。
そうすると自分が悪いんだーってなって、延々責められるという。「いや、別にいいじゃん」って言って貰いたいんですけどね。何か変わることを求められる、という。
今の時代、変化に適応出来なきゃ死ぬよ?みたいな話の中で、いや、俺は俺だし、変えるとか無理だし、寧ろ、何で僕の程度を許容できないのさ?みたいに思う僕自身がまあ適応障害なのかなーと思ってみたり。
あぁ、変えられないわ。死ぬわ、もう。いいよ。ってなるんだよな…。
食レポとか嫌いだな…。いや「あぁ、うん。美味しい」くらいでしょ。何かリアクションを期待されても困ると思う。淡白なリアクションでいいのに、と思う。
閑話だな…。
Air的に「もうゴールしてもいいよね」とか、ネロ的に「パトラッシュ僕もう眠いんだ…」とか、『人生の辛酸について』~風鈴
的な…心境ですよ。あれで綺麗に死ねると良いんだけどね。辛酸を舐めようが、何を舐めようが中々死ななかったんですよね…。
もうね、エターナルフォースブリザードとか食らって永久凍土に封印されたい。永久に眠りたいね。