LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

食育的な思考

 人質の遺体を見て気持ち悪くなったという児童が多く出たらしい。私はそういうのは少なくとも自我が確立されてから行うべきだと思う。平和な世の中にチューニングされた思考が混乱する。食育と人質の写真の件は重ねて考えられたように思えるし、逆に言えば、食育の思想が問題を産んだ。

 百聞は一見に如かず、というがこの場合の一見はショックが多き過ぎるのだから聞かせるだけで十分だったろう。友人のA君が自殺した・殺された、と言って一々写真を見せられては溜まるまい。カルピスを原液で飲ませるようなものである。薄めるべきところは薄める。なんでも見せる・体験すべき、という思想は極端で物事は十把一絡げに捉えるのは危険である。一人で何でもこなせるべきだと思うのかもしれないが、そういうものは個々人の耐性に関わる。今回の件は教員が慎重で無ければならなかった。

 小説や漫画、アニメでも描写が視聴層の見るに耐えないと判断され得るものは自粛される。実際に見てみると、ショッキングで心に焼き付いて眠れなくなったりもする。私はホラー映画がダメでなるべく見ないようにしている。『寄生獣』のアニメでグロテスクな描写が所々省かれている部分を非難する声もあったが私は助かったし、肯定的に捉えた。

 昔は虫が大丈夫だったが大人になってからダメになった、という人がいるように、かつて大丈夫だったものが、大人になってから受け入れられなくなることもある。だから、一概に耐性の問題なのだろうか、と疑問に感じたりする。私も血液検査の血とかを見るのが最近ダメになってきた。日常的に関わらなければ耐性云々は無意味な気もする。