LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

発達障害といじめ

発達障害児の周りからは人が勝手にいなくなるから、孤独を感じる。

なぜなのか本当にわからない。

また能力的にも劣り虐められやすい。その結果の自己肯定感が失われたり。

いじめられた言葉で自分が傷ついたり。

自分にそんな時、笑顔で近づいてくる敵。

その人は私で憂さを晴らそうとして近づいてくる。

そして、私の幼稚さに付け込んで、利用し、どういう手段でか虐めに回る。

友達だと思った矢先の裏切りに他人が信じられなくなる。

そういう経験をしやすく、信じられる人間関係を得難い。

一般クラスに閉じ込められることで、そういう難儀な障害が生まれる。

その結果、幼稚で善良そうな遺書と自殺。

それは発達障害という先天的障害があるのだから、

いじめられる子が悪いのである。

けれど、それを悪いと言うのか?他人より劣り生きることに向かず弱いことが悪なのだろうか?

と、まぁ、そんな具合である。それは一言で言えば理不尽である。

義務教育という思春期の頃には、小学生と中学生の間くらいの幼いころから、そんな受難に遭う。

当事者として、私は助けてもらえなかった口だけど、

これから小学生になるような、他の誰かはきっと助けて欲しい。

ほんと碌でもない人間ホイホイなんですよ^^;

普通の人は普通の人と関わった方がメリットが大きいから、

割合、普通じゃない人が近づいてくるわけで。

そういう子はきっと自分が普通の子と関わることに引け目があって

序列を下に見下せる相手と関わりたいんだと思う。

器量の良い子が器量の悪い子と敢えて付き合うような感じ。

そういう傷を抱えた子が近寄ってきて、その傷の責任を何故か私に負わせようとするんだと思う。

他所でやれと思うが(´・ω・`)

スコールさんも言ってたよね。「壁にでも話してろよ」と…。

大人になって、私はそう言ってあげたんですね(苦笑)私に話してるより「壁にでも話してたら」と。

その一言で自称親友は目の前から消えました。

もうね、容赦なく消えるんですよ。魔法みたいに。

それは私にそう言われてまで付き合いたいと思わなかったんでしょうね…。

その人は私に「あぁしろこうしろ、俺みたいに」と言いたい放題なんですが。

結局、自分が肯定して欲しいだけの関係で、

私を可哀想な奴だと思うことで彼自身の日常の溜飲を下げたかったんだろう。

そういう風に利用されるのは、やめた方が良いと思うな。

本当に優しくて気を遣ってくれていた人は関わり続けるメリットなんて無いから、

そっと「合わないね」って言って去っていくんだよ。うん。そうだね!99%合わないらしいよ!

そういう良い人には迷惑かけてる自覚が強くて、相手が苦慮しているのを見ると自分から関係を清算したくなる。

それがその人の人生を助けるから。私は他人の不幸の上に幸福を感じられるほど図太くないので^^;

要するに苦痛なんですよ。他人にコミュニケーションで気を遣わせながらとてもじゃないが何かを楽しめない。

だから、誰も近寄ってこない。優しい人はあまり近付けない。

相手に気遣いをさせたくないし、自分が可哀想な人間だとも思われたくない。

子供の頃はその辺分かってないから、何やら奇妙な空間に自分がいるな、と思うんですね。

時空歪んでないかな?っていう。『アウトサイダー』でいう非現実感でしょう。

他人がいる世界と自分がいる世界、それが何か違うんじゃないか、という違和感だけがあって、

私は世界について知らな過ぎて、それを個性だと思っている。

横断歩道の上を無数の人たちが歩いていく中、真ん中に施設された喫煙所に自分ひとり閉じ込められてる感じ、というか。

集団の中にいても私の周りだけ何時も透明なフィルターが一枚覆って空気を堰き止めているような。

でも自分以外にそんなことは無く、みんな私以外は滑らかに付き合っているように見える。

私にはどうしてもそれが不可解で不思議だった。なぜみんなそんなに流れているのか。

私の世界は停止しているのに。

自分を運んでいくはずのエスカレーターが自分のところだけ止まっていて、周りの人たちだけを運んで過ぎ去っていく。

私は駆け足で駆け上るけどとてもついていかれず、足を踏み外し転落する。

まぁ、そんな感じであり。

そういう異常空間に何も知らぬ子供が放り込まれ、

周囲と違う闇のデスゲームをせねばならなかったり、という感じね^^;

子供の頃は今思うと大分気持ち悪かったと思う…(´・ω・`)

あの時間ってのは夢だったんじゃないかってね。悪い意味でね…。戻りたくなんて欠片も無いよ。

今でも人と会うのはそんな気持ちがする。だから人と会うのは嫌いなんですね。

思うにペルソナの付け替えが苦痛なんだと思う。健常者は大分気にせずやってしまえることなんだけど。

私はそれがとても気になるし、違和感が強く、気持ち悪い。耐え難い程度に。

5%くらいの確率でそう生まれてくることもあるんだなー、と。

運悪いんですよ(´・ω・`;)

もっと運の悪い人もいる、とか慰めにならないんですよね。

寧ろ健常者にそれを言われると、私の中のレジスタンス精神に火が付くのでちょっと…。

でもアフリカの子供は…いや、知らんがな( 一一)

まぁ、幸不幸を安易に比べたがらない方が良いですね。

ましてや、最終的に幸不幸の計算の帳尻が合うなんて思っちゃいけない。

上条さんレベルで呪いじゃないかと思うくらい幸福は逃げて行ってるからね!

衣類アレルギーの裸の住民さんも言ってたけど、神の意向だかとして自身の中で清算するしかない。

地獄ってのは懲役で何年とか生きないと次に行けないんでしょ、確か。これって…修行…なんですよね…?(ちらっ

神はちょっと公平・公正のなんたるかについて教習受けに行った方がいいよね。今すぐにね。

まぁ、比較する分自分が惨めになって辛くなるなら、

そんな比較はやめた方がいい。

運命ってのは自分だけのもんだと思ったらいい。幸福であれ不幸であれ。