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LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

人種差別

住む場所や環境、宗教が違えば、それぞれ違う文化と価値観を持った人々である。

日本という国はある程度、同質性のある空間で、例えば趣味が同じだったり、価値観が合う人と一緒に居たいと思う。

だから、どの国でも多分、自分と文化を共有できる相手と一緒になりたい、暮らしたいと思うだろう。

人の見た目も慣れのようなものがあって、同じ有色人種だとか共通性がある方が親しみが持てるのかもしれない。

黒人女性の95%が黒人男性と結婚するそうだが、日本人にせよ、他人種にせよ似たようなものじゃないかという気もする。

接点があり日常的に触れ合う環境じゃなければ、相手を理解するという行程を踏めないだろう。

会ったことも無い人たちを差別するな・理解しろ、といっても詮無き事である。日本にいても英語が喋れるようにならないのと同じである。どちらかといえば、差別というのは悪いレッテルをはじめから張って頑迷になることが非難されるものだと思う。

日本の文化で育って来ていない人に対して、差別意識が働かないとしたら、それは嘘だと思う。というか、同じ日本人でも差別意識は働く。安保のデモで晒されていた人たちと自分とが同じとは思わないだろう。IQ150の人の見ている世界とIQ100の人の見ている世界とは違って、付き合うことでその差が見えるかもしれない。

発達障害者が見ている世界と、健常者が見ている世界も違うし、色々な形で差は生じてくる。そして、住み分けが行われる。早朝の公園に行けば老人ばかりが体操をしているように、属性的に似たもの同士が集まる。

細かいレベルで言うと、多分、そうなっている気がする。差別をするな、というのは、そうした住み分けをするな、ということで、実際的では無いと思う。差がある人間も仲間外れにするな、というのだが、その義務教育的な平等観念は間違いで、実際はそれぞれの生きやすさのために分別が必要になってくる。

重要なのはそこで現実に見合わない不当な悪いレッテルを貼って社会的排除が行われないようにすることで、問答無用で無理やり仲間に入れることではない。水と油は混ざらないのだから、その手のものは離すのが賢明である。難民問題は水と油を混ぜようとする誤った理屈を主張している場合には反発するのは当然だと思う。

人種差別問題も結局はその辺の見当違いがある気がする。異文化を異文化で無いように見せかけるというのは無理だろう。それを支援する側の社会が受け入れられるかどうかが問題なので、問題を見えないフリをする、という平等論は完全な誤りで何も解決できないだろう。

一つの異文化の受け入れ方の方法は、無視であろう。アメリカ辺りでは自分と異なる他者に対する態度の取り方は「あなたはそういう考えなのね。ふーん」というものだそうだ。実害が伴わないレベルでは賢明だと思う。問題は利害関係が生じてくる際に起こるので^^;

正直、永遠に平行線の関係もあると思うが、譲歩できる程度の相手なら異文化でもやっていけるかもしれない。ただ個人レベルだと、自分が譲歩する範囲を少なくしたいという気持ちから同質の相手を選ぶ傾向があるんじゃ無いかと思える。

それが寄生とか簒奪的な意味を持っていると、金持ちを選ぶ女性みたいに同質性は無視したりするし、あるいは、男性にしても、上辺だけで価値観が合わない相手を選択して後悔したりというのがよく見られる。そういうのはDVやハラスメントの温床だと思う…。文化摩擦というやつで^^;昔は女性が男性を選べなくて離婚も社会的に許される空気が少なく、結果として熟年離婚が流行ったんだろうな、という気がしたり。

個人的なお勧めは十年来のよく見知った幼馴染と結婚というルートだろう。

恋愛感情は越えてしまってるようだが、安心安全である気がする。

私人間不信なので何より心を許せる相手が良いな…(妄想)

そういうわけで、外国人とか肌の色とかに先入観を持っていて「自国の相手が一番だわ」

と思っているのは何も日本人だけでは無いんだろうと思ったり。

白人は白人と結婚したい、黒人は黒人と、日系は日系と…と思ってるんじゃ無かろうか。

ただ個々人の関わりの中で個々人に対しては、越境できる気がするんだけど。

けれども、それは全体にはならないんじゃ無かろうか。

例えば「この日本人は親友だ」と思えても、日本人全体に対して、自分と対等という感覚を持てるものだろうか。

白人からみた黄色人種という特別性の意識は、黄色人種から見た白人という意識と同じでやはり抜き難いのでは?

日本人は白人コンプだとよく言われるが、白人からみた日本人にもそれと似た自分たちとそちらを分けるバイアスが働くような。

それは今の社会では当然の感覚だとも思うわけだが…。

最終的に黒と白が交じり合ってグレーになったような世の中じゃないと、そのバイアスは抜き難いので、

寧ろ、それって優生学的で抜いちゃいけないものなんじゃなかろうか…。

白と黒は違うし、そこにレッテルが貼られないような社会構造が構築できるのであれば、

そういうのを目指すべきなんだろう。

悪い評価をせざるを得ないような現実があるなら、それを無視するのはナンセンスだと思う。

介護現場で認知症の老人を相手に介護者個人だけが叩かれて、介護現場の現実や認知症の年寄りに問題が無いというのは、そういう社会問題を何ら解決しない…。

やはり、そういう労働を強いられる階層に所属する人間が不適格のレッテルを貼られる無限ループが続くだけである。

黒人社会の問題も構造が無限ループしているし、アフリカの貧困な社会も似たようなものだと聞く。

そこで貼られるレッテルは妥当かもしれないが、妥当だからそのまま放置で良いのだろうか…。その環境に生まれた人間の殆どは生まれてきた時点で永遠に○○差別から逃れられない。そんなものは統計的に明らかである。そして、その社会構造の放置が差別の根拠を無限に生み出し続ける。

その辺の今世紀中にはどうしようもなさそうな問題から目を背けて差別だけを叩くのは欺瞞だろう。問題が有ることをハッキリ見つめた方が良いと思う。あるいは、見つめずに忘れ去ることを良しとする合理的な意義が私には想像し難い。

自分は今の生活に満足しているからという理由で隣の家で猟奇殺人が起きていても放置という感じである^^;その心理が決して分からないわけではないのだが、その異質さも感じておいて欲しいと思う。日本に対するシリアみたいな問題だけでなく、アメリカ白人社会における黒人社会とか、介護の世界とか、障害者、シングルマザー、派遣労働、サービス残業etc、だいたい近場で起きてるものも大概、多いわけで。

問題は政治的にそうした課題が軽視されてるように見えるというか…なんというか(´・ω・`)メディアの問題なのかもしれないけども…。私のアンテナが電波を広く受信しないせいかもしれないけども…。

アフリカの子供たちに僕らが募金してる間に隣の家で餓死者が出てたりするわけでせう…。シングルマザーや塾へ通ったり進学するお金の無い子供たちへの募金とかはあんまり見たこと無いのですよね(´・ω・`)恵まれないひきこもりたちの生活費を賄うための募金とかすれば良いのに。若年無業者は60万人。80歳以上の高齢者は1000万人だそうです。老人の生活保護は45%くらいでしょう。そこに哀れな引きこもり達を入れたところで大したことは無いと思う。寧ろ彼らのメンタルが叩き潰されている現状の方がどうなのかという…。個人的には袋叩きにして鬱病にしとくより自由に放牧しといた方が文化的生産性が少しは出てくる気がするわけで。

私もそういう世界の方が楽しいですしね。社会から外れたレールの下が生き地獄の血の池みたいになってるのはどうかと思う。セーフティネットがスカスカの網の目で綱渡り状態ではね…恐怖政治だと思うんですよね。

ベーシックインカムだと皆が遊んで働かなくなるという恐怖と働かざる者食うべからずという恐怖と不安で尻を叩かないと人は働かないだろうという先入観が強いのか、みんな同じようにあるべきだという同調圧力と自分と同じ目に遭うべきだという道連れ感情が強いのか…(´・ω・`;)富の再分配が摺り切りで働いても等分化されてしまい労働意欲を奪ったことと、最低限の生活の保障はあって、働くだけ贅沢な暮らしができるというのではまた違うと思うんですけどね。

難民の話で「働かない権利」というのは感情的な縒り戻しを強く受けると思ってますが。社会的負担が増して、許されないという感情が強くなりそうだな、と見ていて思ったり。前述したようにフリーライダー的な移民を考えなければ、高齢者人口と比して社会からドロップアウトする人口は大した問題ではないと思う。ただフリーライダー的な難民を騙る移民と一緒くたにされることで引きこもりが構造的にドロップアウトしてしまうことが(かなり)感覚的に肯定され難くなると思える。

生産人口の難民もいるだろうけど、障害者や年寄りの難民もいると思うんだけど報道で見ないなぁ。子供と労働年齢の大人しかいない、みたいな感じが(´・ω・`)使えない人間も来る(?)現実をちゃんと報道しなきゃ…。捨ててきたのかな…??

「国にいられないようなレベルの移民が黄金郷を求めて日本にくる」とかも聞くけど、そういうのがあるから選別しないと人口比的に文明の調和が崩れると思うんですよね…。人口の偏差的に教育すれば殆どの人間は使い物になるのに、例えば、教育レベルの低い国の更に低いレベルの人が多く流入してきても負の連鎖の構造が持ち込まれるし赤字になるわけで。

日本で難民じゃないと弾かれる人に多いのはブローカーを介して虚偽の申請をして押し通ろうとかいう人たちなのでしょう?そういう、ばれなきゃ良いということを息を吐くようにしてしまえるレベルの人だと私は受け入れられないな…(´・ω・`;)そういう話を聞くにつれ移民には警戒心が沸いてしまう。

だから移民と難民は少なくともキチンと分けた方が良い。そもそも、シリア辺りの難民がわざわざ日本まで来る理由がないだろうに…。難民が差別用語的なのか知らないけど、一緒くたにするのはダメだと思う。難民は保護、移民は選別、という風にキチンとわけないと、その国の国民に飛び火するだろう…。

その国の教育を受けてきた人間が主権者であり、その国を支えているという前提は崩すべきじゃない…。

まぁ、あまり知識も無いのに脱線し過ぎだ…。

…まぁ、理想以前に第一にリアリズムに立脚して合理的に云々、という話をしたいのかな…(´・ω・`)