LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

人間は動物であり、動物とは馬鹿である

人間は動物だ、というのが最近の趣味。

猫もアルツハイマー病になることが分かったらしい。

 

世の中のニュースは世界の馬鹿を報道する。昔、哲学書か何かで読んだのだろうか。「人間は教育によって初めて人間になる」云々というのがあった。

 

文化が人を作るように、教育が人を作るのである。現代人である我々は現代という環境に教育された人である。ヒトである、と書いた方が伝わりやすいだろうか。

 

犬の歴史を見れば分かるように、人もやはり遺伝子的に変わる余地があるだろう。今の犬の多くは交配を繰り返して飼われやすい性格を強めてきたのである。その生物の性格を決めるのに必要なものは環境・教育・遺伝子の3つだろう。

 

人間を差別するべきではない、というが、暴力的な家系に連なってきた人は暴力性が強い傾向にある等、考え易い。それは遺伝子的にも。但し、どのくらい交配すれば強まるのか知らないが。

 

「血は関係ない」というのが身分社会以降の流行だが、血を遺伝子と考えると、これは無関係では無いだろうと思う。だからと言って、それが100%では無いということには注意しなければいけない。

 

まぁ、だから人は平等にはなれない、ということである。白人が偉いとか黒人が偉いということではなく、ハゲの家系に生まれるとハゲ易いと言った先天的問題から逃れる術が無いということである。

 

マイケルジャクソンが白人にあこがれたという話を聞いたことがあるが、黒人として生まれてきた時、最早自分は「白人になれないのだ」というようなことに人は悩む。

 

その考えを強めるのは「平等なはず」という幻想だろうか。「平等で無ければならない」「生まれながらにスタートラインは等しい」等という理想論が出発点になっていると「現実的にはそうではない」というリアリズムに照らしてモノを考えることが難しい。

 

そのことが自己肯定を難しくさせているような気がするのである。それがハンディキャップであれ私はそのことから逃れようが無いという点から各々が自分の人生をスタートさせなければならない。

 

他人と同じ人生が送れるはずだ、と思うこと自体がまやかしであり、正しい考えを論じようとする時のノイズになるのだろう。