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LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

努力とは才能の証明である

「努力すれば何でもできるようになる」

 

と言うのは、子供騙しですよね(苦笑)

自分がそう信じていたかどうかさえ、ちょっと思い出せないんですが。ただ『俺はまだ本気出してないだけ』みたいなね。

 

僕はそういう夢を見ちゃう方の人なんですが(苦笑)発達障害者は割と騙される人多いのですな( 一一;)人間みんな良い人だと思う精神障害…何と言ったか(汗)

 

「騙される方が悪い」「いじめられる方が悪い」というけれど、ね。まぁ、どちらが悪いという話はこの話の焦点じゃないので掘り下げません。

 

自分が騙されたり、いじめられたり、する状況を如何に避けるかという話なので。

 

「努力すれば何でもできるはず」→「コミュ症も解決できる」→「まだ努力が足りないだけ」

 

みたいなことは私もあったんですけど(苦笑)まぁ、だからね。努力の辞書に「努力は才能の証明である」と付け加えたいなと思って。

 

「才能が無ければ努力は実らない」

 

というのが実際だと思うな。まぁ、『ハンターxハンター』でヒソカカストロに言ったように「キャパシティの無駄遣い」みたいな話もあるけどね。

 

「いつか英語が話せるようになりたい」

 

と努力しても。それが死ぬ間際では意味無いでしょ、という。まぁ「生涯学習」的な意味合いが分からない訳では無いけれど、そういう意味で「英語ができるようになっても」仕方無いと思う。

 

できれば20代で英語はマスターしておきたい。それはビジネスで使うからでしょ、という。

 

その辺を弁えて無い人って割と見かける訳で。1年で英語ができるようになる。10年、100年、1000年、と続くとして(笑)自分が1000年かかるタイプだったとして、英語ができるように努力するか?という。

 

実際、そういう人っていると思うんですが。もう死んでるよ(笑)じゃあ、他のことに注力した方が良いでしょ、って思う。努力って要領とも関係あるからね。

 

私が1覚える頃に10覚える人は、私が10覚える頃には100覚えている。それが「努力は才能の証明である」という話。同じ経験値でレベルが上がるわけじゃない、というのが分かってないと辛いと思う。

 

問題は人より10倍の経験値が必要だとして、それをやるかどうか→させて貰えるかどうか。

 

「私は医者になりたい!」けど、才能は無い。人より10倍の時間がかかる。医者になるには6年大学に通う。→10倍かかる→60年かかる。それをやるかどうか。させて貰えるかどうか。

 

いや、死ぬでしょ、という…(´・ω・`)

まぁ、そういう意味で才能が無ければ努力しても時間の無駄なんじゃ無いかと思うようなことってあるかもしれない。そして、才能の有無が必然的に努力がどれくらい報われるか、ということに関係してくるわけで…。

 

九九くらいなら多くの人の努力が報われるだろうけど、医者になるとかだと才能の話の問題が大きくなってくるわけですよ。

 

そういう部分が「∞の可能性が云々」とか「努力すればきっと…ごにょごにょ」と誤魔化されてるよね(笑)そこはそれで納得しちゃダメだと思う。

 

まぁ、自分に才能があるかどうか測ること自体、才能の内みたいな部分があるわけで。