LittleBear Communication Disorder's

発達障害者の適当な日々の考察と日記

文字の上手さとワーキング・メモリ(書字はマルチ・タスクである)

私は文字を書くのが下手だと思う。他人には整った文字を書く人が多い。そして、真っ直ぐに字を書く。私は例えば黒板に書けば斜めにズレていく。

 

ワーキング・メモリの話を読んで、感じたのは、書字がマルチ・タスクであるために、一つのことに集中すると周りが見えなくなる発達障害は文字を書くのが下手なのかもしれないということである。

 

1)書く内容

2)書いている言葉

3)字の形

4)全体

 

という風に例えば考えて書くという作業をする場合、複数の注意・意識を持つ必要がある。しかし、発達障害者(私)が見ているのは、

 

1)書く内容

2)書いている言葉

 

が主である。(3)字の形や(4)全体まで入れると、かなり意識が分散する。殆ど書く内容に集中しているので、(2)もギリギリである。授業でノートを取っているとするなら

 

・パワーポイントの文字を追い、それをトレースする

 

ということに(のみ)集中せざるを得ないので、内容について考えることは殆ど出来ない。読書をしているとき、字を追いかけて声にして読むだけで精一杯で、文脈や全体の意味は置き去りになる。だから、自分が何を読んだのか覚えていない、ということが起こる。「今読んだ箇所の感想を言いなさい」と言われても「えっ、今ので意味を読み取れるんですか?」となる。文字を追うことでWMを使い果たしているので、考える意識を空けるスペースが無いのである。結果として読むこと・聴くことをするだけで、読み、聞いた内容を考え思い描く余裕は無い。

 

これは会話でも起きることだろう。会話の声を聴き落とさないようにした結果、全体の意味が欠落するため、相手が何を話しているのか分からなくなる。聴いていないのではなく、聴こうと集中した結果、会話全体を(内容を想像する等)思い描く余裕が無くなるのである。内容を想像するとどうなるか…。「ねぇ、聞いてるの?」と言われる。私には「聞く」と「どう思うか考える」ことを両立することは難しい。

 

普通の人がどうなのか今市聞いてみた記憶が無いのだが、読んだら読んだ文章について即座にある程度の感想を返せる人がいるようだ。私はそういう能力が努力の多寡ではなく自ずから欠けているような気がしてならない。

 

書いて、口に出して、耳にして五感を使って学習することが効果的だと金八先生でやっていたが、それはWMを圧迫する。だから多くの情報処理をした結果、他の処理に回す余裕が無くなるのである。文章の内容を追うには黙読の方が適していると私は思う。声に出すと口に出すこと・力むこと・音を聴くことなどが処理として必要になり、文意を意識することが黙読に比べ難しくなるとも感じられる。

 

こういう場合、なるべく単純化して情報を提供した方が、多分学習しやすいだろう。有無を言わせず暗記させるには意味など必要無いだろうが、意味の分からない念仏を唱えるしかできないのでは最終的に道具の扱いに困り果て躓くことになる。その結果「よくわからない道具だな…」と困惑して上手く扱えない自分には必要が無いからと自ら捨ててしまうのである。

 

情報が多いほど良いと安易に考えるべきではなく、情報は洪水だと捉える必要もあるだろう。ワーキング・メモリの研究は、鍛えることの有益さより、寧ろ多くの情報に晒されるとその情報を脳が処理しきれないということ。混線しパフォーマンスが落ちてしまうということに着目すべきだと思う。